わが分身「三奉行」がブランドを裁く

ホンダ代表取締役社長 
伊東孝紳氏

「ホンダは2008年のリーマン・ショックで救われた」。逆ではないかと思われるでしょうが、これが翌年に社長に就任した私の率直な実感です。業績は打撃を受けました。ホンダの全世界の四輪車生産台数は07年の360万台が08年には330万台へ激減。工場も稼働停止に追い込まれました。

ただ、落ち込みの激しい日本や欧米先進国とは対照的に、アジアを中心に新興国では伸び続けました。経済成長を背景に豊かさを求める人々の自我や欲求が目覚めつつある。世界はリーマン・ショックを境に先進国主導型から新興国自立型へと構造が変化した。われわれはどう思考を転換すればいいのか。議論するなかで既存の発展パターンへの反省を迫られました。

北米市場で大きく成長したホンダは、1番売れる北米での成功例を他の地域に合わせて水平展開するリードカントリー制と呼ぶ方法を続けてきました。それがリーマン・ショックを機に、われわれは顧客の動きを感じ取る感性が鈍り、特に新興国についてはオペレーションの仕方にズレが生じていることに気づかされた。工場の稼働停止はショックでしたが、その意味では「よいショック」だったのです。

新興国自立型の世界に対応する1つの方向性は権限の分散化です。主力車「フィット」については、日本、中国、アジア・太平洋、北米、南米、欧州の6地域の拠点で同時開発する前例のない方法へ踏み出しました。

燃費がよく、室内空間の広いフィットはアイデンティティの強いクルマです。そのフィットのブランドをさらに進化させていく。そのなかでエンジンなどのコア技術を除き、細かな仕様については地域の好みやニーズに応じて現地の人間が開発し、現地で部品を調達して生産し、何よりリーズナブルな価格で提供する。6つの地域本部に権限を委譲し、現地で開発・生産・販売の事業を回す。リードカントリー制から世界6極地域経営への転換です。