さらに四輪事業にとって学べるものは二輪からも学ぶ。私は社長就任後、インドの二輪車の事業所に出かけて驚かされました。日本で乗るのと性能的に遜色のない製品が低価格で並んでいた。二輪車事業ではすでに新興国で地域の好みに合わせ、現地で部品を調達し、性能と低価格を両立させながら大量生産をこなしていたのです。

当時、社内ではアジア市場向けの小型車「ブリオ」を開発中でコストダウンに苦労していました。「四輪は努力が足りない」。私は四輪車の開発部隊に二輪車の手法を学ぶよう命じました。11年秋にインドで発売されたブリオは重量を多少犠牲にしてでも低価格の現地製鋼板を採用しました。

四輪車の手法のほうが「当たり前」と思われていた面もあったのが、既存の当たり前が当たり前でなくなる。今大切なのは、顧客から見た当たり前を実践することで、本社と研究所の違いも顧客には関係ない話です。とすれば、既存の枠組みにとらわれず、権限や機能を最適なところに配置し、多種多様なリソースを共有し、融通し合う。

私がこんな発想をするのは、ボディ屋出身という経歴も関係しているかもしれません。ボディは多くの部品を取りつけた集合体として評価されます。個々の部品に最高の役割を果たしてほしいし、1つで機能しなければ何と何を連携させればいいかと常に考える。組織においても、個々人の最適を引き出しながら、全体最適で成果を出す考え方を持ちやすいところがあります。

創業者・本田宗一郎は経営者であると同時に、ホンダの製品が路上で故障していると駆け寄り、その場で直してしまうこともあり、1人で全体最適を体現していました。顧客の潜在的欲求を先取りし、他社よりも早く新しい価値を提供し、夢と喜びを叶える。一連の改革は世界の構造が変化するなかで「ホンダらしさとは何か」を呼び覚ます試みにほかなりません。改革を通して源流回帰する。ホンダの思考法です。

ホンダ代表取締役社長 伊東孝紳
1953年、静岡県生まれ。78年、京都大学大学院工学研究科修了、ホンダ入社。2000年にホンダ取締役。鈴鹿製作所長や本田技術研究所社長を歴任し、07年に専務、四輪事業本部長、09年、現職。
[経営のモットー]人間尊重と3つの喜び(買う、売る、創る喜び)
[趣味]旅行、ウオーキング、バイク(愛車はCB1100、震災の第一報を聞いてすぐにバイクで事業所を回った)[顧客の声を知る手段]庶民の皆さんが何を悩み、何を欲しているかを肌で感じとる
(勝見 明=構成 小原孝博=撮影)
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