価格転嫁できないから賃金が上がらない

日本企業が顧客に提供しがちなこれらの「お得感」は経済用語で「消費者余剰」と呼ばれます。消費者が支払ってもよいと思う価格(限界支払意思)と実際に支払った価格との差のことです。この価値はGDPなどの経済指標に反映されない「豊かさ(経済用語では厚生、welfare)」です。

ちなみに生産者が「この価格なら作ってもいい」と考えた最低価格よりも高く売れた分の「儲け」が「生産者余剰」で、こちらはGDPなどの経済指標に表れます。費用が労働者に支払う賃金だとすると、実質賃金を上げず、販売価格も上げず、いい製品・サービスを割安価格で提供し、結果として、GDPの経済成長が低い割に、消費者余剰の存在によって厚生(短期的な生活水準という意味での)が支えられてきた。

これが日本の縮小均衡的な失われた30年の一側面だと言えます。これに対して、米国の強さを代表する製薬・金融業界や、ビッグテックと呼ばれるデジタル・テクノロジー企業は、資本力や情報技術、独占的立場を使って超過利潤を得る「レント(economic rent)」の生まれやすい世界です。

レントという経済用語はもともと「地代(家賃)」ですが、市場構造の歪み(独占・特許・規制)や既得権益や政治的保護による特権的な儲けを指します。情報アクセスという希少資源や高速回線・アルゴリズムという技術的優位から得る超過利潤は「情報レント(information rent)」と呼ばれます。

米テック株が爆伸びしているワケ

自由競争の社会では、超過利潤はすぐに競合が現れ消滅しますが、デジタル・テクノロジーがもたらす情報レントは規模拡大の限界費用が少なく、勝者の総取り的で、競争による利益侵食が起こりにくい、という特徴があります。消費者余剰とレントは、金額としてどこにどういう形で表れるのでしょうか。

消費者余剰はGDPなどの経済指標には表れない一方で、競争的な市場環境では価格水準の低さやサービスの充実といった形で体感的に可視化されやすいといえます。一方、レントは企業利益として株主利益となり、その超過利潤がイノベーションや技術進歩に再投資され、将来配当や株価上昇といった資本所得の形で金融市場に反映されやすいという特徴があります。

サウスレイクユニオンにあるGoogle拠点
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日本の低い経済成長率やデフレの理由、米国で情報レントを享受しているテック企業の株価が爆上がりしている理由、もこれである程度説明できるのかもしれません。消費者余剰が大きく格差の小さい日本社会は、足元の「厚生(welfare)=人々の幸福度や満足度」を高めてはいますが、同時に多くの日本企業が低コスト労働力を使って生み出した超過利潤を内部留保して非事業資産に積み上げてしまいました。その結果、超過利潤レントを次なるリスク投資に振り向けるテクノロジー企業が牽引する米国経済に比べ、日本の諸産業の国際競争力がじわじわと弱まり、株式市場が低迷し、長期的な社会厚生を最大化しきれず、30年を過ごしてしまったともいえます。