公認されない悲嘆と願望
新さんは、他にもラブドールになりきった依頼者を被写体とする「人間ラブドール製造所」や、依頼者が望んだシチュエーションで死者となってもらう「シタイラボ」など、ユニークな撮影パックを提供している。
それぞれ客層や求められる要点は異なるが、普段は表に出しにくい願いを真正面から受け止めてくれるサービスであるところは通底している。ドール葬儀社にしてもそうだ。
意識的にそうした取り組みを増やしたのではなく、結果的にそうなったのだと新さんは言う。
「なかなか人に言えない事情や思いを持った方から依頼をいただくことが多いのは確かです。なんでしょう、何も言わずに、こう、肯定されると言いますか、受け入れられると言いますか。そうしたサービスを求める方はたぶん昔からいて、いまはネット検索などでつながりやすくなったところはあるのかなと思います」
看護や葬祭に関わる用語に「公認されない悲嘆(Disenfranchised Grief)」というキーワードがある。流産やペットロス、有名人の死、所属していた団体からの卒業、持ち物の処分など、個々人にとっては大きな悲嘆を伴う喪失体験であっても、周囲からの理解が得られにくい。そんな状況や感情を指す言葉だ。
新さんが提供するサービスは、この「公認されない悲嘆」と、そこに近接する「公認されない願望」を構わず受け入れるところがあるように感じる。そう伝えると新さんは「そうかもしれませんね」と頷いた。
「たぶんフラットなんですよね。とりあえず先入観や偏見は持たないし構えない。身内の人ほど受け入れにくい一面であったり、コレクションであったりをお持ちの方もいらっしゃると思います。そこにほどよい距離感があって、偏見なしに受け入れるサービスがあれば、ちょっと心地良いかもと思って活動しています」
前出の拙著でも複数の事例を取り上げたが、距離が近いからこそ受け入れてもらえない内面であったりコレクションであったりを抱えている人は少なからずいる。
そして、その人がこの世を去ったとき、内面を綴った日記や匿名アカウントのSNS、そしてコレクションなどが「公認されない遺品」となって、家族を苦しめたり、誤解を生んで持ち主の名誉を傷付けたりすることもある。
ドール葬儀社にも遺族から依頼メールが届いたことがある。「気持ち悪いからすぐ引き取って処分してください」と言われたそうだ。新さんは「事情を知らない家族からしたら、ただの変態ってことになるんですよ」と振り返る。
人生を豊かにしてくれたコレクションが、残された人たちに「気持ち悪い」と嫌悪されることもある。おそらくは発生しなくてもいい幻滅だ。
防ぐ手立てはコレクションのタイプやとりまく環境、個々人の関係性によって変わるだろうが、先々に打てる手はある。元気なうちから頼る先を見つけておくこともそのひとつだ。




