人間でもモノでも変わらない
魂は本質的に人間でもモノでも変わらないのだから、魂抜きの儀式に本質的な違いは生じないというわけだ。合同葬の後、僧侶から聞いた言葉はいまもはっきりと記憶に残っている。
「(等身大のドールは)人間の気持ちが入りやすい。いとも簡単に入りますよね。だって家族ですもん。その家族を手放したら、モノ扱いで粉砕されてしまう。その前に人として御招魂(魂)を抜くということが重要になってくるんじゃないでしょうか」
そうして魂が抜けたあとの“身体”は、丁寧に分解して廃棄処分してくれる産廃業者に直接持ち込む。
弔われるドールは艶やかなドレスを纏い、経にも守り刀にも当然ながら反応しない。ややもすればキッチュに映ってしまう。しかし、すべての工程を真剣に行うことで張り詰めた空気を作り、儀式としての説得力を保っていると感じた。絶妙なバランス感覚で成立しているサービスといえる。
お別れの儀式としての力を頼りにしている人たちがいる。どんな思いを抱えているのか。拙著『それ、死後もお宝ですか?』を刊行した一週間後の2026年4月初旬、改めてインタビューを申し込み、新さんに教えてもらった。


