前頭葉の萎縮が「心のブレーキ」を壊す

とはいえ、「キレる」という現象が、脳全体の萎縮によって起こるわけではありません。ひとことで「脳」といっても、この臓器は大脳、小脳、脳幹(中脳、延髄など)といったいくつもの部位に分かれています。

そのうち、運動、知覚、思考など人間にとって重要な機能を担っているのが大脳です。その表面を覆う大脳皮質は、さらに前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉という部位に分かれています。高齢者の「キレやすさ」に関係するのは、大脳皮質の中の「前頭葉」にほかなりません。この部位が萎縮することで、怒りの感情にブレーキが利きにくくなるのです。

【図表1】脳の構造
出所=『老人は「キレる」くらいでちょうどいい』(集英社インターナショナル)

では、前頭葉は脳の中でどんな役割を担っているのか。大脳全体の約30%を占めるこの部位の働きは単純ではありません。多くの役割を果たしており、人間が人間らしく生きていく上で、とても重要な存在といえるでしょう。ある意味では、もっとも重要な部分といっても過言ではありません。

その重要性は、前頭葉を失った人間がどうなるかを見ればよくわかります。

ノーベル賞を受賞した「史上最悪の手術」

たとえば、1930年代に統合失調症の治療法として考案された「ロボトミー手術」をご存じの人は多いでしょう。妄想や幻覚によって社会生活に不適応になった患者の前頭葉の神経線維の一部を切除することで症状を緩和するという「画期的な手術」でした。考案したポルトガルの神経科医エガス・モニスには、ノーベル生理学・医学賞が与えられています。

ところがこれは、のちに非人道的な「人類史上最悪の手術」と呼ばれるようになりました。ロボトミー手術を受けた患者たちの多くが意欲をなくして無気力になり、なかには植物状態になってしまう人もいたからです。この手術を、全世界でおよそ4万人もの患者が受けました。ノーベル賞の授与は、あまりにも拙速だったといわざるを得ません。

この話が端的に示しているのは、人間が物事に対して「意欲」を持てるのは、前頭葉のおかげだということです。いわばアニメ『ドラえもん』(テレビ朝日系、1979年~)の「ハッスルねじ(大きなゼンマイ巻きのような形をしており、人間の背中に当てて巻くと、ネジが戻るまでのあいだ猛烈なスピードで動き回るようになる)」のようなもので、前頭葉が活発に動いていなければ、新しいことに取り組む気持ちにもなりません。