時間と知恵を重ねたため、間違いが少ない
ですから、欧州で生まれた保守という考え方の根本には、この実証主義があることを理解しなければなりません。つまり、時間と知恵を重ねて蓄積されたやり方、考え方、しきたりといったものは、数々の試みを経て証明されてきたことだから最適化されており、間違いが少ないということなのです。
その一方で、保守の反対の「革新」とは、伝統やしきたりを無視して、新しいことへの挑戦を意味しています。
「守れ」だけ叫ぶ日本人に欠けているもの
保守主義は、特定の宗教や民族、国家への偏愛とは切り離されたものです。「日本が一番だ」と叫ぶことは保守主義ではありませんし、「外国人は嫌いだ」と言うことも保守主義ではありません。
保守主義の核心は、あくまで「社会の変化の速度とそれに対応する方法」についての考え方なのです。まっさらな所から理想によって新しくしようとする革新に対して、伝統や慣習や歴史を尊重して漸次的に対応していこうという考えが保守です。
こうした保守の意味を理解すれば、今の日本の保守には問題が多いことがよくわかります。
まず初めに、日本で「保守」を自称する人々の言説には、「保守」とは人間の積み重ねてきた叡智、実証主義、制度の検証であることへの理解がないのです。なぜ今までの仕組みを守らねばならないのか。単に「守れ」だけで「なぜ?」の問いがないのです。
そこに欠けているのは、イギリスの政治家・思想家、エドマンド・バークが指摘する保守主義の本質です。人間の理性への謙虚さ、積み重ねてきたことの意味、実証主義、社会の先行きを見据えた慎重な変化論、具体的な生活の優先です。
人々が安心して生活できなければ、それはもう保守ではありません。例えば、守るべき政策や制度を検討するに際して、社会にどんな影響があるのか、維持する場合と変えた場合を、データや先行事例を見てよく検討する。これは保守として最低限考慮しなければならないことです。
しかし、現在の日本の自称保守の人々や政治家には、そのような地道で謙虚な営みや科学やデータを軽視し、ただ壊れた機械のように「維持しろ」「守れ」とヒステリックに叫ぶ人があまりにも多いのです。それはもはや「保守」ではなく、「政治的狂気」に過ぎません。

