「ドレス姿でスラム」はあり得ない

だいたい、リアルにこの時代に捨松のような上流階級の婦人たちがドレス姿でスラムに「おにぎりですよ〜」とやってきたらどうなるか? ……少なくとも身ぐるみはがされてしまうことは避けられない。

別に無茶を書いているわけではない。この頃時代の変化の中で社会からはじき出された人々は、都市に集住し東京のあちこちにはスラムが形成されるようになっていた。「国民新聞」の記者だった松原岩五郎は、身分を隠してスラムを探訪し新聞紙上で発表、1893年にこれをまとめた『最暗黒之東京』が出版されている。

松原はスラムの住人が「残飯屋」から食事を調達している実態も記録している。残飯屋とは、料亭や軍隊の残り物を買い集めて、それを売る商売である。衛生状態は推して知るべしだが、それでも需要はあった。食えない人間が食えるギリギリの仕組みが、すでに市場として成立していたのだ。その現場に、ドレス姿の上流婦人が「おにぎりですよ〜」と乗り込んでくる……スラムの経済システムの破壊である。