NHK「風、薫る」では、りん(見上愛)と直美(上坂樹里)が捨松(多部未華子)から“ナースにならないか”と誘いを受けた。今作のモチーフとなった大関和は、どういう経緯で看護師をめざすことになったのか。ルポライターの昼間たかしさんが、大関に関する文献などを基に史実に迫る――。
武内桂舟「看護婦」「文芸倶楽部」10巻6号口絵
武内桂舟「看護婦」「文芸倶楽部」10巻6号口絵(写真=メトロポリタン美術館プロジェクト/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

捨松は「看護師になって」と誘っていない

NHK朝の連続テレビ小説「風、薫る」。第4週目は炊き出しの手伝いをきっかけに、りん(見上愛)と直美(上坂樹里)が捨松(多部未華子)の屋敷に呼ばれて「トレインドナースになりませんか?」という展開に。二人は迷いながらも決意を固めて、ようやくナースとしての物語が始まることになる。

このドラマを通じて、初めて知った人も多いかもしれない「トレインドナース」。西洋式の看護学を学んだ看護師のことを指す用語である。この用語、新聞紙上で登場するのはドラマの情報リリースが始まった2025年から。国会図書館の蔵書でも、この用語が登場する書籍・雑誌記事は僅かに48件。当時は当然「看護婦」と呼んでいたわけだが、放送コードにひっかからないためのギリギリの判断ということか。

いずれにしても、りんと直美のモチーフである大関和と鈴木雅は実在の人物だが、捨松とは赤の他人である。捨松が二人に看護師になれといったのは、まったくのフィクションである。

作劇の手法として実在人物を用いたフィクションもまったく問題だとは思わない。

それでも違和感があるのは、捨松の主導で行われた炊き出しである。訪れたスラムでは偶然にも吉江(原田泰造)たちも炊き出しをしている風景が描かれた。いうまでもなく、この炊き出しは、フィクションである。

バザーは事実、炊き出しはフィクション

すでに、いくつもの媒体で記されている通り、捨松が鹿鳴館でバザーを開催し、その収益によって日本で初めての看護婦養成所ができたのは事実である。その、1884年6月12日から3日間にわたって開催されたバザーは次のようなものだった。

(前略)共立東京病院へ寄付の為め、特に手製品を蒐集して、本月十二十三十四の三日間山下町鹿鳴館に於て、会員出場売繁せんとす、依て、内外紳士及び貴婦人の来館を希望す、但し来館者は、本会会員(捨松の組織した婦人慈善会のこと)の紹介に依り、来観券を購得したる者に限る(石井研堂『明治事物起原』上卷 改訂増補版、1944年)。

つまり、入場にも金がかかる。援助を受けるべき対象とはめちゃくちゃ壁があるというわけだ。まあ、出展している女性たちが、皇族にはじまり伊藤博文夫人やら西郷従道夫人、歴史に名前が残る人々の家族たちだから、当然といえば当然である。

ようは捨松らの慈善というのは「資金も援助しましょう、法律もつくらせましょう。で、あとは下々の者でやってね、オホホ」というスタイルなのである。自分たちは決して泥臭く手を汚すことはしない。これは吉江のようなキリスト教の牧師も同様である。この時代の教会は孤児院のような施設をつくっても、スラムを訪れて救済するなんてことは1ミリも考えてない。そんな教会のありように背を向けて、スラムでの救済活動と伝道を行ったイギリスのウィリアム・ブースが始めた救世軍が、日本にやってくるのは1895年……ドラマの時代よりもだいぶ先のことである。

つまり、この炊き出し風景のすべてがフィクションとはいえ、考証無視のめちゃくちゃな演出。ドレスで炊き出しする捨松たちも奇妙だが、それ以前の問題なのだ。