“鹿鳴館で婚活”への違和感
身分を偽って鹿鳴館のメイドになり、結婚相手を探していた直美(上坂樹里)。告白を受けた海軍中尉・小日向(藤原季節)との結婚を決意したところ、彼が詐欺師だったことが判明した。本名は「寛太」。直美に同情しつつも「次はどっかの華族の坊ちゃんでもつかまえな」と言い残して去っていった。
詐欺師に騙された詐欺師まがい。まあ、お似合いといえばお似合いである。
それでも、第1話の冒頭で、つぎはぎの着物の奇妙な姿を笑う、通りすがりの女学生たちに「いかにも、私がみなしごで耶蘇の貧乏女、大家直美ですが」と啖呵を切っていた直美の姿は爽快だった。どん底から這い上がるには、ウソをついても神様も怒るまいとばかりの突飛な人生。これくらいの情念がなければ、誰もなったことがないトレインド・ナースの道など切り開けるはずがない。まさに「おしん」以来の、朝の連続テレビ小説の正統派ヒロインといえるだろう。
それでもなお、これはないだろうと思わざるを得ないのだ。
いやもちろん、フィクションだということはわかってる。黄門様が印籠を出そうと、上様が悪人を成敗しようと「史実じゃなーい」と鼻息を荒くするのは無粋だ。
どうしても気になるのは、直美の鹿鳴館で婚活という展開だ。
「結婚は家同士」が常識だった
鹿鳴館は不平等条約改正を目的とした外国貴賓の接待施設。そこに招かれるのは、内外の政府高官、外交官、貴族、その夫人や令嬢である。そもそもが婚活パーティーの会場でもなんでもないし、四民平等が謳われた時代とはいえ、孤児である直美とは決定的な身分差がある。
そもそも、この時代の結婚とはどういうものか。
慶應義塾大学の社会学者・阪井裕一郎の博士論文「家族主義と個人主義の歴史社会学――近代日本における結婚観の変遷と民主化のゆくえ」によれば、仲人を介した媒酌結婚はもともと人口の5%に過ぎなかった武士階級だけの慣行だった。
それが明治に入ると逆転する。民法編纂の過程で「百姓の慣習は慣習とすべからず、士族とか華族とかに則らねばならぬ」と言い放った穂積八束の言葉が象徴するように、武家の婚姻様式が「正しい結婚」として上から押しつけられ、庶民にまで広まっていくことになる。
つまり、庶民の結婚は地縁によるもの、あるいは「よばい(夜這い)」の慣行を含めて、当人同士の意思による自由で多様な婚姻だったのが変化していく過程ではある。だが、士族とか華族では、結婚は家同士というものが常識である。

