近隣諸国、具体的にはフランスからの余剰電力の輸入を増やせばいいという話もあるようだ。そのフランスでは、電気の7割を原発が発電している。自国での原発による発電は容認できないが、隣国での原発が産み出した電気ならば問題がないという姿勢は、どこか独善的であり、腑に落ちない。結局、原発を容認しているようなものだ。
対するAfDは、行き過ぎた脱原発・再エネ推進路線の見直しを以前より主張している。イラン発のエネルギーショックを受けて、ドイツ国民の中でもエネルギー政策に対する関心が一段と高まる中で、AfDに共感を寄せる有権者は増えているようだ。結局、AfDを排除しようとした結果、Unionは自らの首を絞める事態に陥ったと言えよう。
メルツ首相が原発の再稼働を決断した場合、SPDの離反は必至だろう。そうなるとドイツ政治は空転が必至となる。とはいえ、AfDと組み、原発の再稼働への道筋をつけることも、また容易ではない。それが閣外協力のかたちだとしても、Unionの内部にはAfDとの共闘に対する反対の声が存在するためだ。メルツ首相は八方塞がりである。
一度やめると、再稼働は至難の業
エネルギー政策は国の経済政策の根幹の一つだが、それゆえに強い政治性を有している。現状のドイツは、エネルギー政策の転換が大規模な政界再編につながる可能性が高い状況にある。そのため、Unionの重鎮として“保守本流”への回帰を模索してきたメルツ首相だったが、大胆な政治決断を下せないでいるというのが実のところだろう。
とはいえメルツ首相も、手をこまねいてばかりではいられない。与党内野党のような存在であるSPDは、一種の瀬戸際外交を通じて、Unionに自らの主張を飲ませることに躍起となっている。そのSPDの要求に屈し続けることは、メルツ首相の政治生命を傷つけるのみならず、有権者のUnion離れを生み、AfDに塩を送ることにつながる。
いずれにせよ、イラン発のエネルギーショックは、ドイツが進めてきた脱原発の功罪を改めて問い直す機会となっている。同時に、原発を完全に廃止すると、その再稼働までの道筋が極めて多難なものになるということを、我々に訴えかける好例と言える。メルツ首相が現実的な解を見出すことは、文字通りの至難の業と言えるだろう。
振り返ると、ドイツで脱原発を決断したときの主張は、戦後のドイツ憲政史上、最も安定した政権を率いたアンゲラ・メルケル元首相だった。現在のドイツのエネルギー政策の混乱は、そのメルケル元首相の置き土産でもある。結果的に脱原発は、メルケル元首相がドイツという国に残した“くびき”となってしまっている皮肉がある。

