政治決断を阻む“政治ゲーム”
とはいえ、メルツ首相はそもそも脱原発の見直しに積極的だったし、国民の世論を背景に、自らが属するUnionも原発の再稼働について前向きな姿勢を強めている。実際、原発の再稼働は、限定的であればそれも可能だろう。政治決断さえ下せれば何とかなりそうなものだが、それを下すことができないメルツ首相の苦悩があるようだ。
その苦悩の一つに、国内の政治情勢があると考えられる。要するに、右派政党であるドイツのための選択肢(AfD)との付き合い方だ。それは同時に、連立を組む中道左派の社会民主党(SPD)との付き合い方でもある。戦後来、ドイツ政治には戦前のナチス時代を否定するという不文律がある。ナチスを肯定することは許されない。
一方、AfDは、その排外主義的な主張や、一部の過激な政治家による発言により、ナチスあるいはネオナチ的な存在とみなされている。少なくとも、ドイツの主要政党の全てがAfDを危険な存在だと認識し、同党との連立を拒絶している。とはいえ、ドイツの世論調査では、旧東ドイツを中心に、AfDへの支持率は非常に高いものがある。
Union出身のメルツ首相がSPDと保革大連立政権を組んだのは、AfDとは共闘できないという政治判断のためだ。AfDの排除という大同のためには、保革という立場の小異は問わないということである。しかしこの政治決断を下したことで、メルツ首相はSPDが唱える政策を飲み込む必要に迫られた。その一つが、エネルギー政策だ。
ドイツの脱原発を完了したのは、SPD出身のオラフ・ショルツ前首相が率いる左派連立政権だった。要するに、脱原発を非常に重視していたSPDが、その見直しを受け入れることなどできない。現にディルク・ヴィーゼ院内事務総長などSPDの首脳陣は、あくまで再エネの普及を主張している。これでは原発再稼働の決断は難しい。
SPDに翻弄され続けるメルツ首相
SPDの擁護派は、原発事故が甚大な被害リスクを持つことに加えて、過去よりも再エネ発電が普及していることから原発の再稼働は不要だと主張する。確かにドイツの電源構成に占める再エネ発電の割合は飛躍的に上昇している(図表1)。しかしグリッド(送電網)不足という本質的なボトルネックは、依然として解消されていない。
ドイツ北部のバルト海では、洋上風力発電による発電が盛んである。一方、その電力を工業地帯であるドイツ南部に送るグリッドは、依然として整備が遅れている。政府は南北を貫く大規模プロジェクト(南リンクと南東リンク)を推進しているが、本格的な稼働までまだ数年を要するため、発電できても送電できない状況がしばらく続く。


