「南モンゴルでは血の匂いがした」

滕海清将軍の派遣に次いで、林彪は部下の家維山を「内モンゴル征服者」として内モンゴル前線指揮部に司令官として派遣した。こうしてモンゴル人の虐殺が大々的に展開された。

しかし、このジェノサイドは当時、国際社会に伝わらなかった。中国も事実を隠蔽し、『人民中国』1968年3月号で「赤い太陽は内蒙古草原を照らす!」という特集を組んでいる。

この年はちょうど虐殺がおこなわれていた時期にもかかわらず、「首都北京から若い男女三百余名が牧畜民として草原に住みつくためにやってくる」とのニュースを喜ぶ現地人の様子をでっち上げている。