習近平が掲げる「中国の夢」とは何か。南モンゴル出身で静岡大学教授の楊海英さんは「毛沢東によって父が長年の迫害を受けたにもかかわらず、その毛の政治路線を習近平は引き継いでいる。現代の中国はいまだ文化大革命の最中にあると言える」という――。

※本稿は、楊海英『未完の中国文化大革命』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

「中国夢」と書かれたオブジェ
中国貴州省鎮寧プイ族ミャオ族自治県にある「中国夢」とかれたオブジェ(画像=Huangdan2060/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons

習近平「中国の夢」の完成

毛沢東は、『毛語録』のなかで「中国こそが地球を管理する」と述べ、紅衛兵はそれを信じていた。北京が世界革命のセンターだ、とも強調していた。それまではモスクワがセンターだった。

現在、習近平も毛沢東にならってそう考えているのかもしれない。国内の諸民族を弾圧し、周辺地域に中国人すなわち漢人を送り込んで民族浄化(エスニック・クレンジング)を図る様は、毛沢東が夢見て未完に終わった文化大革命の「継続」といってよい。

じつは、習近平にとって毛沢東は父親を粛清した人物である。父親の習仲勲しゅうちゅうくんは中国共産党の中央政治局委員など歴任した幹部だが、文化大革命期の早い段階で毛によって劉少奇一派と批判され、粛清された。毛の死から2年後の1978年まで1年間も拘束されるほどの迫害を受けた。

粛清後、当然ながら息子の習近平も中南海の高級住宅から追放されて紅衛兵にもなれず、ただの都市青年として陝西せんせい省に下放された。

私の研究と分析によれば、習仲勲が倒されたのは決して彼が劉少奇一派だったからではない。中国共産党の指導者たちは毛沢東の湖南省をはじめ、江蘇省などほとんどが南方出身である。

1935年秋、彼らが国民党軍に敗れて陝西省延安にたどり着いたとき、陝西省にはすでに別の共産党があった。そのリーダーの1人が習仲勲である。