北方共産党幹部たちの謎の死に触れた小説

北方共産党と南方共産党の2つの派閥は3年まであまり接点がなかった。加えて、中国の地域差は大きく、陝西省と湖南省の方言はほとんど通じないほどだ。

それでも、みな共産革命を信じていたので、北方共産党は逃亡してきた毛沢東ら南方共産党のメンバーを受け入れたのである。

しかし、しばらく経つと習仲勲だけを残して、劉志丹など他の北方共産党幹部たちが相次いで偉の死を遂げた。やはり、北方共産党のトップだから習仲勲だけは生き残らせたのだろう。中華人民共和国成立後も習仲勲は国務院副総理まで昇格した。

1960年代初期に、小説『劉志丹』が出版された。それは陝西省共産党がいかに革命を成し遂げたかという内容だった。出版直後、毛沢東の下で情報部長を務め、党内のスパイ摘発で工作を数多く仕掛けた康生こうせいらが、毛に「この小説が広まるのはまずい」と会議中にメモを渡した。

劉志丹
劉志丹(画像=PD China/Wikimedia Commons

メモを見た毛は即座に「小説を利用して党に反対する人間が新たに現れた」と発言した。その直後に習仲勲は失脚した。

というのも、その小説『劉志丹』の中で北方共産党幹部たちの謎の死に触れていたのだ。要するに、北方共産党が受け入れたにもかかわらず、権力を握りたい南方共産党が暗殺を仕掛けたという物語だ。全員を殺すと地元の反発も強まるから、習仲勲だけは残したというわけだ。

毛沢東から文化大革命を引き継ぐ習近平

父の故郷に下放された習近平は、陝西省の地元農民から温かく見守られて成長した。下放先で共産党党員となり、党支部書記を務めるなど出世をしていく。私は陝西省北部で農村調査をしたことがあるが、中国でも極貧の地域である。

地元の人びとは皆「劉志丹」という民謡を歌い、「毛沢東はこの地で反攻のきっかけを得たのに、『皇帝』の座に就いたら見向きもしない恩知らずだ」と証言していた。そのため、習近平を強力に支えたのだ。

文化大革命の終息後、習仲勲が名誉回復し、刑務所から出たとき、習近平も陝西省から戻り、親子ともども政界に復帰した。

習仲勲は共産党の中でも開明的な人物だったので、「二度と文化大革命を起こしてはいけない」「文化大革命的な政治手法を取ってはいけない」と繰り返し言っていたのに、息子の習近平は今、文化大革命的な政治を進めようとしている。

やはり、毛が述べた「中国こそが地球を管理する」という考え方に共鳴し、革命の継続を決意しているのではないだろうか。

毛沢東によって父が長年の迫害を受けたにもかかわらず、その毛の政治路線を引き継ぐ習近平である。習近平にとって、習仲勲は生物学的父で、毛は精神上の父である。生物学上の父を裏切り、思想上の父に帰依することで、文化大革命を中国に蘇らせたのである。

そういう意味でも、文化大革命は終わったのではなく、現在も続いているということだけは知ってほしいと願う。