名門・京極氏の城だった上平寺城

上平寺城は、いわゆる国境を守る境目の城。南東に数kmもくだれば近江・美濃の国境だ。当時、美濃に拠点を持っていた信長にとって、浅井領に攻め込むには必ず手に入れておきたい城だ。

この城は元々、室町時代の四職家のひとつ、京極家の居城だった。かつては北近江の守護を任せられ、配下に浅井家を従えていたが、やがて立場は逆転し追放の憂き目に。姉川の戦い直前には浅井方の城だったが、内応により織田方へ。鎌刃城と同じく、信長はこの城を無傷で手に入れている。

なお、10km弱南に位置する同じく近江・美濃の境目の城・長比城たけくらべじょう(図表1④滋賀県米原市柏原)も同時期に浅井から織田へ内応している。

中心部に行くほど堅固な守り

上平寺城の標高はなんと669mもある。麓からの比高も380mと、いずれも鎌刃城を1.5倍以上も上回る。麓にある京極氏館跡からの登りは相当きついが、鎌刃城のように細尾根ではなく、どっしりした幅のある地形だ。

上平寺城縄張図(現地案内板より)
撮影=今泉慎一(風来堂)
上平寺城縄張図(現地案内板より)

山頂部に近づくにつれてまず見えてくるのが、城の南端を守る畝状竪堀群。ただし規則的に並んでおらず、ほうぼうを向いているため部分的に横堀のようにも見える。

畝状竪堀は朝倉家の改修との説
撮影=今泉慎一(風来堂)
畝状竪堀は朝倉家の改修との説

竪堀群を抜けた先が三の丸。連なる二の丸との間がこの城最大の注目ポイントといえる。深い堀切には中央に土橋がかかり、真正面には迫り上がる土塁の壁。その合間を折れながら縫うように道は伸びており、まるで攻め込もうとする敵を絡めとるかのような構造になっている。

二の丸虎口を外側から眺めたところ
撮影=今泉慎一(風来堂)
二の丸虎口を外側から眺めたところ