晩年をイキイキ過ごす秘訣はあるか。還暦を迎えた落語家の立川談慶さんは「病気をきっかけに、ジムに通い始めた。以来、18年間にわたり、週3回、欠かさず筋トレを続けている。その効果は、単に身体が強くなるという次元を超え、メンタルや人間関係、人生のすべてを変えたといっても過言ではない」という――。

※本稿は、立川談慶『人生は「割り勘」思考でうまくいく 60歳からの「人間関係・健康・お金」の不安を分かち合うヒント』(かんき出版)の一部を抜粋・再編集したものです。

人生を「別人級」に変えた“ある習慣”

ここで猛烈に過激にプッシュしたいのが、励行して丸18年にもなる「筋トレ」です。

25年11月で還暦を迎える私ですが、私の人生の分水嶺的分岐点こそ筋トレで、私の人生は「筋トレ以前」と「筋トレ以後」ではまったく別人(またまた大げさな)であると、ハッキリここで申し上げます。

今、60手前の日々ですが、基本的に週3回近所のジムに行くというサイクルを墨守すべく、スケジュールもそれに合わせて組んでいるような毎日です。

ジムのダンベルの列
写真=iStock.com/Chayantorn
※写真はイメージです

元来のきっかけは、これまでもコラムや自分の著書の中で頻繁に申し上げてきましたのでざっくり書きますが、「頸椎ヘルニアになりかけたところ、カイロプラクティックの名医の先生に遭遇し、『首周辺の筋肉を鍛えておかないとまた痛みますよ』と言われたこと」でした。

まだ軽い症状の頸椎ヘルニアだったのですが、それとて痛みは尋常ではなく、虫歯の痛みが首に走るほどの辛さでした。

「あの苦痛から逃れられるなら」という一途な思いが、そもそもの筋トレに向かう発端だったのですが、ここでまず筋トレのメリットを申し上げるなら、「痛みが日常になる」という奇妙な感覚でしょうか。

「筋肉痛」がくれた副次効果

「痛みは不快」です。だからこそそれを避けるために各種の麻酔が存在します。

ところが筋トレでは、「筋肉痛」という痛みが日常、つまりデフォルトとなるのです。もちろん、頭痛や歯痛などの痛みと「筋肉痛」とは一線を画すべきもので、種類は明らかに違います。

でも、“だからこそ”なんです。

「筋肉痛」が「筋肥大」という身体を保護するために体内から発信された前向きな痛みならば、他の肉体の痛みはすべて「病的な痛み」だと言ってもいいでしょう。つまり、「筋肉痛」は「病的な痛みに対してセンシティブになるための前向きな痛み」とも定義できるかも。もしかしたら“新たな境地の発見”なのかもしれません。

無論、私は医学の専門家でもありませんし、麻酔科医でもありませんから、迂闊なことは言えません。でも、ただ筋肉痛と毎日向き合っていると、ある程度、筋肉痛とそれ以外の痛みとを峻別できるという気がしてくるのです。

あくまでも直感ですが、このセンサーが身体に張り巡らされているなという感覚からか、例えば「ああ、このまんま何もしないでいると風邪を引きそうだな」という「予感」が的中するようになってきているのです。

コロナに感染した時も「ああ、直近3日間の睡眠不足が原因だろう」と顧みています。予感というか、「原因」がある程度絞れていれば、それはその後「反省材料」になりますので、健康には役立つに違いありません。