奈良のシカが大阪市に迷い込んだことがニュースとなった。30年以上にわたって奈良のシカを研究する奈良大学教授の立澤史郎氏は「頭数がここまで増えると、奈良市外に出ていく個体がいても不思議ではない」という。奈良のシカに起きている異変をジャーナリストの湯浅大輝さんが取材した――。

「増えすぎて管理不能」の実態

「奈良を出て行ったシカを連れ戻すことはできない」(山下真・奈良県知事3月25日記者会見より)

大阪市に現れた2歳のオスとおぼしき奈良のシカ。奈良市からはるか30km先まで悠々と闊歩したことになる。この個体はあまりにも人に慣れていることから奈良のシカでほぼ間違いないだろうという意見が専門家の共通認識となっている。

さて、冒頭の山下知事の発言通り、天然記念物の奈良のシカは「奈良市一円」に所在すると記載されている。よって、現在このシカは大阪市にいるわけだし、法的にはこの個体は鳥獣保護管理法に基づいて大阪府・大阪市が対処すべき、という論理自体は成り立つ。

迷いジカに幸いしたのは、大阪市の配慮だろう。警察署に迷い込んだ奈良のシカを捕獲後、長年シカを飼育していた大阪府能勢町の温泉への受け入れを決定。「シカやん」と名付けられ、鹿せんべいをもぐもぐ食べる姿は「やっぱり奈良のシカやなぁ」と全国のシカファンを安堵させた。

これで一件落着、とはいかない。なぜ大阪にまで遠征するシカが出てきたのか。実は以前から、奈良公園に生息するシカの数が多すぎて、管理不能になっているのではないか、という課題が専門家の間では囁かれていたのだ。

増える奈良公園のシカ
撮影=湯浅大輝
増える奈良公園のシカ

奈良のシカは過去最多の頭数

図表1の通り、奈良公園に生息する奈良のシカは2025年に1465頭と、過去10年間で最多を記録。動物学者も奈良県関係者も口を揃えて「明らかに数が増えすぎている」と語っている。

【図表1】奈良公園の鹿生息頭数調査
(奈良公園の鹿生息頭数調査、奈良の鹿愛護会HPより)

折しも、迷いジカでひと騒動起きていた3月26日に第15回奈良のシカ保護管理計画検討委員会が開かれ、筆者もこれを傍聴した。

同委員会委員長の村上興正氏は冒頭「奈良公園に生息するシカが増えすぎている。野生動物は密度が高まれば分散するのが当然だ」と問題提起。さらに同委員会では昨今のオーバーツーリズムも意識したのか、「奈良のシカはペットではなく野生動物。観光客はシカを『見守る』ことを原則とし、体に接触してはいけない」という基本方針(案)を打ち出すことも確認された。

奈良のシカにかかわる専門家の痛切な危機意識の命題は以下のようにまとめられる。奈良公園の環境が激変する中、神鹿を神鹿のまま、次世代に継承できるのか――本稿では、この命題を解きほぐすことにしよう。