中年のシカなのに歯が老年並み

さらに立澤氏は、奈良公園内の芝生の状態が悪化している点も指摘する。

「(上記の)母ジカの歯を最近調べる機会があったが、ほとんど歯が磨滅していて驚いた。14歳ではまだ中年と呼ぶべき年齢だが、20歳近くの老境のような状態になっていた。理由ははっきりしていて、奈良公園のシバが(人間の踏圧とシカの食圧により)短くなっていて、シカがシバの地際まで齧るから。根っこを齧ると同時に、砂も混じり、歯に『やすり』をかけたような状態になっている。野生動物であればシバとドングリを主食とするはずが、シバ環境の悪化により、鹿せんべいと人間の食べ物に依存する『ペット』と化した個体が増えているのだ。野生動物としては寿命を迎えているが、鹿せんべいや人が与える食物に依存することで延命している個体も少なくないだろう」(立澤氏)

人間と同じく、奈良公園のシカも超高齢化社会に生きているのかもしれない。

神鹿は本来、人間に関心はなかった

奈良公園に生息していて、元気に大阪市まで歩いて行った若いオスのシカやんは捕獲され、奈良公園にとどまるシカたちは人間依存が止まらず、徐々にペット化していく――。どちらが「野生動物」なのか、分かりにくい事態だ。

かつては夜は春日山山麓で眠り、朝になると春日大社周辺でシバやドングリを食べていた
撮影=湯浅大輝
かつては夜は春日山山麓で眠り、朝になると春日大社周辺でシバやドングリを食べていた

立澤氏は、本来の奈良のシカは、夜は春日山山麓で眠り、朝になると春日大社周辺まで出てきて、シバやドングリを食べる、という生息パターンを示していたと推測する。奈良のシカは「神の使い」として、人間のことはほぼ無視していたというのだ。シカたちに神聖を感じる人間のほうも、シカを遠目で見守るように暮らし、過剰な干渉はしなかった。シカがペットではなかったからである。

「現在でも人間嫌いのシカが20〜30頭いる。母親から過度に人間に依存しないことを学び、古くからの行動パターン、つまり朝夕は春日山山麓、昼は春日大社周辺という暮らしを墨守している。ショックなのは、人がB・C地区でも食べ物を与え始め、人間嫌いなシカまで、人間の食べ物の味を覚えてしまったことだ。コロナ後に観光客が急増し、鹿せんべいをはじめ人間由来の食べ物の供給量が増えて、春日山山麓から奈良公園・市街地に生息地を移した元・人間嫌いもいると思われる」(立澤氏)