全てを変えた「鹿害訴訟」

転機となったのは「鹿害訴訟」である。1979・1981年に提起されたこの訴訟は、奈良市に住む農家が、春日大社と奈良の鹿愛護会、奈良市・国を「奈良のシカが農作物を食い荒らす」として訴えたのだ。

訴訟中、春日大社は奈良のシカの民法上の「所有権」を主張しなかったとされる。

宙に浮いた奈良のシカを「誰が」「どのように」管理するのか。動いたのは文化庁だ。訴訟の和解条項(1985年)において、平坦部を中心とする奈良公園(A地区)、春日山原始林など公園山林部(B地区)、周辺地域(C地区)、その他地域(D地区)と分けた。

A・B地区は歴史的にも奈良のシカと言えるから殺してはいけない。C・D地区は鹿害防止のために、悪さをする個体を麻酔銃で生け捕りにする。これまで明文化されていなかった保護管理体制を、行政があらためて組み直した。

奈良のシカの保護管理体制が「近代化」したのである。

奈良公園のシカはツノ切りが施されている
撮影=湯浅大輝
奈良公園のシカはツノ切りが施されている

1年で450頭が捕獲されている

2026年の保護管理体制では、A地区を《重点保護地区》B地区を《保護地区》C地区を《緩衝地区》D地区を《管理地区》と細かく、それぞれゾーニングをしている(文化庁が作成した当時のA〜D地区と現在の奈良県における基準のA〜D地区は面積が少し異なることを留意されたい)。

ざっくり言えばA・B地区の奈良のシカは「殺してはいけない」、C地区は「農作物を食べた個体を、麻酔銃などで生け捕りする」、D地区のシカは「(第二種特定鳥獣管理計画に基づく管理として)捕獲する」。

つまり、現在手厚い保護を受けているのはA・B地区の個体のみである、ということだ。実際、奈良県によると、D地区のシカは2025年5月〜2026年2月にかけて450頭が捕獲(箱わな・くくりわな)されている。