オスジカは「旅に出る」

野生動物の生態学が専門で、奈良のシカの研究に30年以上にわたって従事しているのが、奈良大学文学部教授の立澤史郎氏だ。

山下知事を含め、いくつかの専門家は「奈良市内で増えすぎたシカの間で生存競争が激しくなっているのでは」という仮説を提示したが、立澤氏は“生存競争”という表現は正鵠を得たものではないと指摘する。

「(奈良のシカも含めた)ニホンジカのオスは、1〜2歳になると母親の元を離れ、単独で行動する。今回の個体のように、非常に遠くまで旅に出る個体も珍しくないが、数年で大人になり元いた場所に帰ってくる個体もいる。メスは終生母親と行動するのが一般的だが、オスは大人になる前に親元を離れる。つまり、シカの数が多いか少ないかにかかわらず、『オスは旅に出る』のだ」(立澤氏)

“シカやん”は生存競争に負けたのではなく、元々のオスジカの習性として大阪に「修行」に出た可能性があるということだ。であれば「一度奈良市を出ると、自動的に奈良のシカではなくなる」という処置は少々酷にも思える。

奈良市街の東側に広がる総面積約511ヘクタールという広大な公園
撮影=湯浅大輝
奈良市街の東側に広がる総面積約511ヘクタールという広大な公園

そもそも、天然記念物の「奈良のシカ」と野生のニホンジカには法的にどのような違いがあるのだろうか。それを理解するためには奈良県のシカの保護管理体制とその歴史を説明せねばならない。

「神鹿」だけが持つ遺伝子型

768年に武甕槌命たけみかづちのみことが鹿島神宮から奈良・春日大社に移る際、白鹿の背に乗っていたという伝承から春日大社の「神鹿」として保護されてきた奈良のシカ。

江戸時代にもツノ切りや鹿せんべいの起源が見られるなど、人間に馴致した野生動物としては世界的にも稀なケースだ。

神鹿はまったくのフィクション、というわけでもないのが不思議なところである。福島大学の兼子伸吾教授らが調査した結果によると、奈良市に生息する奈良のシカは、日本列島の他のニホンジカとは異なる「遺伝子型」を持っていることが明らかになっている。

シカさんは「神さんの使い」と奈良市民はよく言うが、そのアニミズム的感性が、人間と野生動物の類を見ない共生を実現させ、奈良のシカを奈良のシカたらしめていたのだろう。

ところが時代が進み、春日大社の「神鹿」ということで全てが許されるわけではなくなってきた。