指示より、背中を見せる
人の出入りが激しいスペインの飲食業界ではなおさらだ。教えて半年で辞めていく人もいれば、遅刻も珍しくない。日本とは根本的に異なる環境で、人を型にはめようとしても店舗経営は難しい。
「前は怒ってたこともあります。日本だったらこうするのに、とか。でも怒っても何も変わらない。こっちのスタイルに合わせるしかないなって」
小野田さんは続けた。
「誰かがミスをした時、絶対に自分に悪いところがあったと思うんです。子供の時からそうでした。人が間違えたら、自分の指示が悪かったんだと考える」
だから「やっといてね」とは言わない。「6割まで一緒にやれば、こうしたいんだなと分かってくれる。そこで任せる」。指示ではなく、背中を見せる。センターキッチンを作ったのも同じ発想だ。人に無理を強いるのではなく、無理をさせない仕組みを作るのだという。
象徴的なのは、メニュー開発を日本食の知識がないスペイン人スタッフと行っていることだ。
「ラーメン生地で作るピザをサイドメニューに出すとか、日本人なら思いつかないアイデアが出てくる。面白いんですよ」
これを「面白い」と思えるか、「そんなのラーメン店じゃない」と一蹴するか――その分岐点に、小野田さんの経営哲学がある。
3つの「手放し」が、25店舗への道を開いた
「本格ラーメン」の再現にこだわらず、完璧な品質よりも再現性のある仕組みを選び、日本式のマネジメントを手放した。振り返ればこの3つの「手放し」が、25店舗への道を開いた。
しかし小野田さんは、立ち止まっていない。2026年2月、名古屋の名店「SHISHIMARU麺家獅子丸」のマドリードの運営を引き受けた。 背景にあるのは、スペインのラーメン市場を日本の力で盛り上げたいという思いだ。
「店舗数を増やそうと思っていたわけではありません。気づいたら25店舗になっていた。僕はただ、目の前に出てきたものをこなしているだけです」
オーストラリアへの留学も、スペインへの移住も、起業も、フランチャイズ化も――すべて「やるしかなかった」からやった。小野田さんは言う。
「生きていくために、やる。ただそれだけです」
3つのこだわりを手放した男には、最後まで手放さなかったものがある。目の前のことを、やる。その堅実さが、静岡の家電販売員をスペインのラーメン王へと変えた。



