「日本のラーメン」を諦めたら活路が見えた
そもそも、日本と同じラーメンを作ること自体が難しかった。当時のスペインには、ラーメン用の食材がほとんど存在しなかったからだ。
「ラーメン用の小麦粉もないし、麺に入れるかん水もない。醤油や酒の種類も、日本みたいに選べませんでした」
かん水とは、ラーメン特有の風味とコシを出すものだ。これがなければ、あの弾力ある麺は作れない。小野田さんは原料を調べ、自分で配合して作ることにした。小麦粉も、パン用の卸業者に片っ端から連絡し、何種類もの粉を取り寄せて試作を繰り返した。
「日本のラーメンを完全に再現するのは無理だと思いました。だからスペインで作れるラーメンを作ろうと考えたんです」
味の方向性でも、日本から距離を置いた。日本の豚骨スープの強烈な臭みや濃厚さは、スペイン人には合わないと判断。臭みを抑え、濃厚だけど飲みやすい「ちょうどいい濃厚さ」を目指した。
「本格」を手放したその先に、思いがけない答えが待っていた。
なぜ、おじいちゃんが列に並んだか
スペインでは8月、多くのレストランが夏休みに入る。小野田さんも2週間休業し、その間にメニューを付け加えた。冒頭で触れた「最後のお試し」だ。はなくらで出していたカレーと巻き寿司を持ち込み、10ユーロだったラーメンの価格を当時の日本の相場780円をまねて7.8ユーロまで値下げした。
準備を整え、再オープンした。すると――客が次々と入ってきた。中には「2週間待っていたよ」という客もいた。ラーメンの中身は何も変えていないのに、数日後には1時間待ちの行列ができた。ピーク時には1日1万ユーロ(当時約140万円)を売り上げた。
なぜ急に客が来たのか。小野田さんは今でも「わからない」と首をかしげる。ただ、スペイン人がラーメンを受け入れた理由には心当たりがあった。スペインには「コシド」という豚骨を長時間煮込む伝統的な煮込み料理がある。
「スペインはもともと豚の文化。豚の出汁の味は、みんな慣れている」。ラーメンという食べ方は新しくても、スープの輪郭はどこか懐かしい。その感覚が、スペイン人の舌に届いたのだろう。
驚いたのは客層だった。狙っていた20〜30代だけでなく、「スペイン料理しか食べたことのないおじいちゃんが、うちのラーメンを食べて同世代の友達を連れてきたんです」と小野田さん。子供が両親を連れてくることもあった。想定していなかった客層からも支持されるようになった。
行列ができると新たな声が届いた。
「『鶏スープのラーメンはないか』と聞かれることがありました。宗教上、豚肉を食べられない人もいるので」
小野田さんはその声を拾い、2017年に鶏白湯スープの新ブランド「KURAYA(クラヤ)」を立ち上げた。3店舗目「らーめんエクスプレス」も開業し、1年後には、グループ全店舗が常に1時間待ちの人気店に成長した。
好調の裏で、小野田さんはある申し出を即座に断っていた。




