2025年度の国内販売台数ではホンダを抜き国内第2位のメーカーに躍り出たスズキ。その原動力はインドでの生産体制にある。鈴木修元会長の精神は、どのように受け継がれているのか。スズキを長年取材しているジャーナリストの永井隆さんがインドを訪れた――。

「諦めないことです」

「鈴木修さんから学んだことは何ですか?」

こんな質問を、スズキのインド事業に従事する日本人やインド人にぶつけてみた。

「諦めないことです」

こう答えたのは、スズキの子会社であるマルチ・スズキ・インディア(本社はニューデリー、以下マルチ・スズキ)社長を務める竹内寿志。4月1日からスズキの専務から副社長に昇格し兼務している。

スズキの服部半蔵こと竹内寿志副社長
撮影=筆者
スズキの服部半蔵こと竹内寿志副社長。マルチ・スズキ・インディア社長でもある。

1986年入社の竹内は2003年、04年と鈴木修の秘書を務めたが、それだけではない。引き続き05年、06年と鈴木修直属の特命課長を担った。

「僕に部下はなし、ボスは修さんだけ。どんな特命を受けたかって? それは申し上げられない。秘書時代を合わせ足かけ4年間、修さんに間近で仕えました」

竹内は、エンジニアではなく鈴木修と同じに、いわゆる“事務屋”。40歳を挟んだ働き盛りに、鈴木修の側近中の側近だったのだ。鈴木修を徳川家康に例えるならば、竹内は忍びの棟梁である服部半蔵の立ち位置だったろう。

この4年間、鈴木修は63歳から66歳であり会長を務めていて、超長期政権の中頃に当たった。また、スズキは成長と混沌、すなわち光と影とが交錯していた時代だった。

02年度の連結売上高は2兆円を超えたが、4年後の06年度には3兆円を超え、翌07年度は一気に3兆5000億円を突破する。世界戦略車「スイフト」の世界同時立上げ(04年~05年)、インド第二工場に当たるマネサール工場開設(06年、開所式は07年2月)、ロシア進出(07年)と、大型案件が相次いでいた。鈴木修は、「急な成長に対し、会社の実力が伴っていない。本当は危うい状態」と警鐘鳴らしてもいた。

一方、06年3月、経営が行き詰まりつつあった米ゼネラル・モーターズ(GM)は保有していたスズキ株の大半を売却する(スズキは市場から自己株として取得)。スズキにとってはGMからの出資比率が、20%から3%へと大きく減少した。GMとの資本関係が完全になくなった後の2010年1月、鈴木修は筆者に次のように話した。

「(1981年の提携以来の)GMとの関係は、このとき(06年3月)に切れたと思った。対外的には『GMはいまでも師だ』と言い続けたけどね」

GMに代わる、新たなパートナー探しが始まる時期と重なっていたのだ。

また、国内軽自動車市場では06年度、ダイハツ工業がシェア(市場占有率)トップに浮上しスズキは2位に沈む。34年ぶりの首位交代だった。さらに、軽自動車の安価な税制を維持する上で、鈴木修の後ろ盾だった山中貞則自民党税制調査会最高顧問が2003年2月に急逝してしまう。軽自動車を守るため、鈴木修は新たな対応に迫られてもいた。

竹内は、家康の命を受けた半蔵として水面下を動き回ったに違いない。難題に対しても、決して諦めることはなく。

09年ハンガリー工場のマジャールスズキ社長を経験した竹内がマルチ・スズキに副社長で赴任したのは、コロナ禍の最中だった21年4月。22年4月から現職である。

カースト制度に挑んだ日本的モノづくり

竹内は言う。

「スズキのインド事業は、人づくりが基本にあります。スズキにとって人づくりとは、修さんにある。修さんが遺した教えを、インドの自動車産業だけではなく、製造業全体に伝え根付かせていきたい。

このため、『オサム・スズキ・センター・オブ・エクセレンス』、OSCOEという新たな教育機関を創設していく」

鈴木修氏を表彰する書状
撮影=著者
インドでは有名な鈴木修氏。

インドの企業社会は、日本のような終身雇用ではない。

「以前、マルチに勤めていました」と挨拶してくれるインド人ビジネスマンが、同業のライバル社を含めて製造業には大勢いるそうだ。この人たちが共通に有しているのが、「マルチで学んだ修さんの教え」と竹内は指摘する。

では、具体的に鈴木修の教えとは何を指すのか。

「日本的モノづくり、つまり修さんが築いたスズキのモノづくりなんです」と竹内。

インド政府との合弁工場(グルガオン工場)で自動車生産が始まったのは1983年。インドにはカースト制度があって、幹部は個室を設え、さらに工場のブルーカラーと同じ社員食堂でランチをとらなかった。一カ月に一回のペースでインドに出張していた鈴木修は、まず幹部用個室の壁を壊し大部屋に変えた。また、社員食堂で鈴木修は社員と同じに並び順番を待った。

「生産現場では、幹部もワーカーも平等であるという意識、日本流ワーキングカルチャーをまずは根付かせたことが、日本流であり、修流なんです」

と、竹内。

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