※本稿は、福山隆『陸軍中野学校のDNA 国家情報局創設前に知っておきたい』(ワニブックス【PLUS】新書)の一部を再編集したものです。
自衛隊に潜り込んだ「反体制勢力」
戦前の日本では、国体と体制を守るために特別高等警察(特高)が設置され、治安維持法・治安警察法・出版法・新聞紙法などを根拠に、社会主義運動や労働運動、農民運動、さらには右翼の国家主義運動まで幅広く取り締まる体制が整えられていた。とくに、ソ連のコミンテルンの指導を受けていた日本共産党に対しては、国家の存立を脅かす存在として苛烈な弾圧が加えられた。
こうした戦前の厳格な防諜体制とは対照的に、戦後の自衛隊は憲法上の位置づけすら曖昧で、軍法も持たず、組織としての自衛権行使の枠組みも脆弱だった。そのため、自衛隊内部に潜入した反体制勢力に対して、戦前のような断固たる措置を取ることができなかった。
とくに第32普通科連隊(市ヶ谷駐屯地〔のちに大宮駐屯地〕、以下「32連隊」)では、新左翼が獲得・潜入させた「反戦自衛官」――新左翼諸派の影響を受け、反戦ビラ配布や情報収集などの活動を行った隊員――と、これに対抗する隊員との間で深刻な対立が生じ、組織の統制を揺るがす事態となった。
元高級官僚のバックには誰がいた?
反戦自衛官以外にも、防衛庁(省)・自衛隊に対するスパイ活動が疑われる事案は複数存在する。たとえば、防衛庁(省)で要職を歴任した元高級官僚が、退官後に安全保障関連法を激しく批判し、共産党の主張と軌を一にする言論を展開した例がある。
その人物が実際にスパイであったかどうかは不明だが、仮にそうであれば、長期間にわたり国家の安全保障に関する機密が共産党や、さらにはソ連・ロシア、中国などに漏洩していた可能性すらある。
重要なのは、防衛省と自衛隊がスパイの潜入を完全には防げていないという構造的欠陥である。体制防衛の最後の砦である自衛隊に、共産党、新左翼、オウム真理教などが工作員を送り込むのは、彼らの戦略から見れば当然の発想だと言える。
これから述べる「反戦自衛官事案」は、まさにその典型であり、私が32連隊長に就任する直前に発生した、新左翼による組織的な潜入工作の実例である。

