地下鉄サリン事件で出動した32連隊
私は平成5(1993)年7月1日付で市ヶ谷駐屯地の32連隊長を拝命した。32連隊は山手線内に駐屯する唯一の実戦部隊であり、隊員達は自らを「首都防衛連隊」「近衛歩兵連隊」と称して誇りを持っていた。
任期制隊員の知能偏差値は全国でももっとも高く、状況適応力に優れ、訓練の進歩も速い。私は彼らを「人材の32連隊」と呼び、包括的な方針を示すだけで、各自が役割を理解し、相互調整しながら迅速に行動する隊風が確立していた。
この高い能力があったからこそ、のちに発生した地下鉄サリン事件という未曽有の事態にも、連隊は見事に対処できたのである。
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