「坊」姓だからこそ起こった悲劇
選挙が終わったあとに起こるイベントは何かと聞かれると、永田町の人間は「選挙違反の取り締まり」と答えるだろう。
2月の総選挙では、全国で37人が公職選挙法違反で摘発された。一番多かったのが買収で14人。中でも東京7区で国民民主党から立候補して落選した元都議の女性候補が、大学生の運動員にアルバイト料を払った疑いで逮捕された事件は大きく報道された。ニュースで目にした読者も多いのではないか。また、2月1日に投開票があった埼玉県の川口市長選でも投票の見返りに現金を渡したとして、支援者が逮捕されている。
選挙違反の取り締まりがこのように投票後に行われるのは、選挙期間中に特定の候補者が捜査の対象になったと報じられると、有権者の投票行動に影響するためといわれている。
昭和の時代に大蔵大臣、厚生大臣を歴任した坊秀男という政治家がいた。福田赳夫元首相の側近として知られた非常に優秀な方で、小泉純一郎元首相の先輩ということもあり、私も尊敬していた。坊氏は中選挙区時代の和歌山1区の選出の衆議院議員で、11回連続当選を果たしているのだが、戦時中に立候補した1942年の選挙で一度だけ落選した経験がある。この選挙は大政翼賛会系の候補者が当選者の8割を占めて後に翼賛選挙と呼ばれるようになるが、坊氏は翼賛政治体制協議会から推薦を受けたにもかかわらず落選してしまった。
あれだけの政治家が初陣とはいえ落選したのは不思議だと思っていたら、選挙違反の取り締まりに関する報道が原因だったという説を聞いて驚いた。投票日前に、四国で大規模な選挙違反が発覚し、地元のラジオで「某候補が悪質な選挙違反」と大々的に報じられたのだという。
このラジオ放送を対岸の和歌山でも受信した人が多く、「ボウコウホ」を「坊候補」と誤解する人が続出、坊氏は違反にまったく関係なかったのだが、得票が伸び悩んで落選してしまったのだ。人々の情報源が活字ではなくラジオだった時代ならではの事故だといえるが、完全にとばっちりである。
さらに、落選したのに翼賛候補だったため、戦後は公職追放となり、坊氏が衆院選で初当選したのは52年のことだった。やはり、選挙違反の取り締まりは投票日以降でなければならないと思う。
前述した東京7区の事件もそうだが、最近の選挙違反では運動員への報酬の摘発が目立っているような気がする。公職選挙法では車上運動員など一部の例外を除いて運動員は原則無報酬と定められている。しかし、ビラ配り、ポスター貼り、電話かけなど、頑張ってくれる運動員に対して、候補者としては何らかの御礼を渡したいものなのである。運動員への謝礼はもちろん、日ごろから付き合いのある支持者から確実に票が集まるように、各陣営の幹部たちは知恵を絞り出す。時には法のギリギリを攻めることもある。今回は、私が長年の永田町生活で聞いたさまざまな選挙戦術を紹介しよう。真偽不明の都市伝説的なエピソードばかりだが、笑って読んでもらいたい。
埼玉県川口市長選の公職選挙法違反(買収)容疑で、家宅捜索に向かう埼玉県警の捜査員。今も昔も、選挙の当落が候補者の人生を大きく変えることは間違いないが、飯島氏が語ったような過去の悪習は完全に断ち切り、クリーンな選挙を行ってほしいと願わずにはいられない。
おにぎりの中に500円玉が入っていた!
かつて選挙では“実弾”という名の現金が飛び交っていたといわれるが、当時はお金を渡すほうも、もらうほうも口が堅かったのか、それとも実際には実弾がそれほど飛び交っていなかったのか、立件される例は少なかった。
とある陣営の決起集会では、乾杯用のコップの下に500円玉が置いてあったという。「乾杯!」の掛け声でコップを持ち上げると500円玉が見えるという仕組みになっていたらしい。集会の参加者は、その500円玉をポケットにしまった人もいれば、忘れ物だと事務所に届ける人もいたとか。
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