100年後の今も読者を魅了するワケ
それから100年以上の歳月がたちました。その間にもハーンについての評価はめまぐるしく変化しました。現在でも、まだ諸外国では一定しているとはいえません。
しかし、あらためてハーンの著作を読み返して思うのは、それがまぎれもなく文学作品であるということです。ハーンが書き残した数々の作品を学問として見た場合、あまりにも日本をロマンティックにとらえ過ぎて、公正な視点が欠如しているという評価が成立するかもしれません。あるいは封建制を肯定しているとの非難を受ける可能性もあります。しかし文学作品として考えてみると、対象が作家の感性によってデフォルメされているのは当然なのです。
もう一つ忘れてはならないのは、ハーンにとって日本は書くための素材だったということです。素材を売れるように料理するのが彼の仕事だったのです。彼はアメリカ時代からプロの物書きでした。大学教授が余技で物を書くのとは全く違います。自分の原稿を一字いくらで売って、生計を立てていたのです。
“古き良き日本”に強烈な光を当てた
したがって、中途半端な日本紹介の記事を書いても売れないと、よく承知していたはずです。後年の作品はともかく、初めの頃は、まるで極彩色の絵のように装飾的な文章を書いています。それが悪趣味ではなく、芸術にまで昇華しているところがハーンの偉大さではありますが、いずれにしても読者の興味を強く惹きつける何かドラマティックな仕掛けがない限り、原稿は売れないと承知していました。その意味では、まさに商売人だったのです。
そして、ある一つの対象に強烈なライトを浴びせることによって、陰影をくっきりと浮かび上がらせる手法を取りました。彼が選んだのは古き良き時代の日本の価値観でした。それを躊躇なくすべての対象に強烈な光線のように浴びせかけたのでした。
これは、ハーンが己れの技術を発揮できる最上の方法でした。したがって、ハーンの用いた照明が間違っていたかどうかを議論するのは不毛です。なぜなら、いずれにせよ強い光を浴びせなければ、無味乾燥な学術論文ならともかく、1世紀以上も読者を惹きつける楽しい読み物は書けなかったのです。その原理は現在も少しも変わっていないと私は思います。



