「人前で話すのは恐い」ではなく心を開く

話しというのは、こちらが裸になれば相手も裸になります。こちらが鎧を着れば、相手も鎧を着てしまいます。

「人前で話すのは恐い」と言う人がいますが、それは相手を最初から敵に回しているようなものです。相手を敵にしないためには、まずこちらが心を開くのがとても大切です。

心を開かない人は、どんな素晴らしいパーティーの中にいても、独りぼっちです。他人に関心がなく、周りの人のほうから自分に関心を持ってほしいと思っているんです。たとえば、いい時計をしてパーティーへ行けばみんなが何か言ってくれると思っているのです。

お皿を取る時も、ナイフを使う時もわざと時計を見せようとします。そのうち周りの無関心に耐えかねて「今日は暑いな。時計を外そうかな」なんて。

ですから、人前が苦手だったり、パーティーが嫌いだったり、初対面の人が苦手な方は、まず自分が相手に対して心を開き、相手に関心を持つのが大切なのです。

レストランで食事を楽しむ同僚のグループ
写真=iStock.com/Riska
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何にでも関心を持ってください。そして、何にでも感動してください。季節を感じる感覚や、物事を受け止める感性は、動物の中で人間が一番にぶいのではないかと思います。その中でも、子どもが一番敏感です。大人になるほどにぶくなってきます。

つまらない大人が「秋冷頓に加わり候」などと書く前に、子どもたちは秋のトンボを追いかけ、冬の遊びをやり、春の歌を歌い、夏の水に飛び込んでいます。あなたにもあった、そのみずみずしい子どもの頃の感性を呼び覚ましてください。

「話す」という行為は、もともと「放す」「離す」から来ています。つまり、自分の心を外に向けて放していくことです。そのための道具としてあるのが言葉です。

「作るな、気取るな、偉ぶるな」

この言葉にしても、言霊ともいわれるように、心が宿っています。「ハ(葉)」は刃も山の端もそうですが、本体があって、そこから突き出てきた部分です。言葉の本体は心です。心から出てくるのが言葉です。だからこそ大切なのは、本体の心なのです。

話のコツは一つ。それは、自然に話すということです。逆に言えば「作るな、気取るな、偉ぶるな」ということ。パーティーなどで挨拶する来賓は、それなりの社会的な立場の人です。ところが、肩書が邪魔をして、話を作り、気取った話し方や内容にしようとし、偉ぶることも多いので、聞いている側はつまらないのです。

人は、話の内容などたいして聞いていません。話す人の人柄を、言葉や話から感じ取ろうとしています。そして、人柄がいいと感じれば、その話を聞いていたいと思うものです。たとえば、夕方のテレビの天気予報は、どの局でも内容は同じことを言います。

では、なぜ特定の局の天気予報を見るかと言えば、その局のキャスターの話し方に表れている人柄で見ているんです。それが「話し」というものです。

私はこうした村上さんのアドバイスを素直に受け止め、今も楽しく練習しつづけています。あなたも、言葉の本体である心を、まずは磨いていきませんか。