そのうちできなくなる日の準備を

たしかに、今日できることを今日中にやっておけば、明日は別のことに取り組める時間と心の余裕が生まれます。「まじめな日めくり」なら後者の言葉だけで十分で、前者の「明日/できる/ことを/今日/するな」は不要かもしれません。

しかし、心おだやかな人(仏)になるのが目標の私は、完璧主義とも言えるご婦人のような生き方に、一抹の不安を覚えます。

私は彼女に伝えました。

「物事を後回しにしないで着実にこなして生きてこられたのでしょう。それは素晴らしいことです。次の日を安心して迎えられますものね。しかし、今はできていても、残念ながらそのうちそれができなくなる日が来ます。

散らかった部屋
写真=iStock.com/Motortion
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その時、できなくなった自分を責めて心が乱れてしまうでしょう。ですから、今のうちに月に一度くらい『まっ、明日できるから、今日やらなくてもいいか』という心の余裕を持つ準備をしていただきたいのです」

完璧を目指す人は、危機管理がしっかりしています。微に入り細を穿つように見落としがないかを緊張感を持ってチェックするので、その分、時間もかかります。

これは仕事においては大切な向き合い方ですが、人生全般や日常レベルでそれを目指すと、心身ともに疲れてしまいます。準備万端ぬかりなくやって安心する以上に、緊張とストレスの負担のほうが大きくなることもあるのです。

覚悟して“ほどほど”にしておく

翌朝のゴミ収集車の来る時間に遅れないようにと、前日の夜にゴミ箱のゴミを袋に詰めておいたのに、翌朝出そうとしたら家族のだれかがまたゴミ箱にゴミを入れたのに気づき、「なんだよ。せっかく昨日やったのに」と文句を言いたくなることがあります。

こんなふうに、どれほど完璧にやったと思っても、どこかに“ヌケ”はあるものです。それを覚悟して“ほどほど”にしておくのは、心おだやかに生きていくのに大切な姿勢ではないでしょうか。

人生で行なうことの優先順位について、ある大学の哲学の講義動画にこんな話があります。

教授がマヨネーズの瓶にまずゴルフボールを目一杯入れ、「これで満杯かな?」と学生たちに尋ねると、学生たちはうなずきます。

すると教授は、次に小石を瓶に入れていきます。満杯だと思っていた瓶にも、まだ小石が入る余地があるのです。「これで一杯?」と聞いて学生たちがうなずくと、さらに砂を入れていきます。ゴルフボールと小石と砂で満杯になった瓶に、教授は最後にビールを注ぎます。

この授業では、ゴルフボールを人生で自分が大切だと思う仕事や勉強、友情など、小石や砂を人生における些末な問題にたとえています。

教授は「最初に瓶を砂で満杯にしてしまうと、一番大切なゴルフボールが入る余地がなくなるんだ」と締めくくります。そして、最後に注いだビールは、「どんなにやることがあっても、友達とビールを飲む時間くらいはある」というオチです。

私は、この動画で瓶に満たされたゴルフボールの間に隙間がたくさんあるのを見て、「完璧を目指しても必ずどこかにそんな隙間があるのだろう」と思いました。

また、逆にその隙間(余裕)にこそ、人生に彩りと豊かさを与えてくれる可能性があるのではないかとも感じました。

完璧主義から抜け出し、人生に余裕を持って臨む準備を、そろりそろりと始めたいものです。