自己肯定感の高い人には心の余裕がある

「自信とは何か」と問われると、すぐに答えるのは難しいかもしれません。「自分を信じること」だけでは漠然としていて、具体性に欠けます。

新明解国語辞典』(第七版)では、「自信」を[そのことをまちがいなくうまくやることが出来るという自己評価]という透徹した解説をしています。自信はあくまで自己評価にすぎないため、他人に“根拠のない自信”と笑われても、文句は言えないでしょう。

この根拠のない自信の歯止めが外れて膨れ上がり、さまざまな支障をきたすのが“自信過剰”です。「私は大丈夫」という自己肯定感と似ていますが、両者は似て非なるものです。

自己肯定感とは、自分の良いところも悪いところも、丸ごと受け入れることです。つまり、「自分がいつでも正しい」と考えることではありません。

むしろ、自己肯定感の高い人には、「自分の考えだけが正しいわけではないだろう」と気づく心の余裕があります。また、できない自分を認めることで「私はまだまだだ」と、謙虚さを芽生えさせる土壌を心の中に持っているのです。

ところが、自信過剰な人は、自分の良い点だけを過大に評価し、悪い点は認めようとしません。屁理屈を言ったり、言い訳をしたり、他人のせいにしたりする傾向があります。

激しい対立を抱える同僚たち
写真=iStock.com/Organic Media
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自信過剰な人は、基本的に知識と経験が不足しているため、自分の能力や価値を正当に評価できません。

ところが、「自分は正しい」という自信だけはあるため、他人からの批判やアドバイスには耳を傾けようとしないのです。その結果、周りの人をバカにするような言動が増え、周囲との摩擦も多くなります。

また、自己中心的な発想から、他人の気持ちや現実の状況を考慮しない、独りよがりの無謀な行動でリスクを背負い込むことも少なくありません。そんなことでは仕事の質が低下し、スキルの成長も望めないでしょう。

自意識過剰の根底には自信のなさ

さて、自己肯定感や自信過剰に似たものに、他人から自分がどう見られているかを気にしすぎる“自意識過剰”があります。

自意識過剰は、その根底に自信のなさがある点が他と異なります。

もちろん、他人から良く思われたいという気持ちはありますが、その裏には「悪く見られたくない」という恐怖が潜んでいるため厄介です。みんなから好かれたいと願う子どもの感情も、嫌われたくないという恐怖が土台になっていることが多く見受けられます。

SNSなどで好きなことを発信し、自己表現するのは悪いことではありません。

しかし、多くの「いいね」という共感や称賛をもらわないと安心できない人は、自意識が鍋の中でグツグツ煮えて蓋を持ち上げようとしている状態かもしれません。

アメリカの刑事ドラマの冒頭で、パトロール中の警官二人が、次のような会話を交わしていました。

「俺のやっていることを、署の他の連中にも少しくらいわかってもらいたいよ」
「『共感を求めすぎると他人とつながれない』って、お袋が言っていたよ」

これは含蓄のあるセリフだと感じ、思わずメモを取りました。

「いいね」をはじめとする他者への承認欲求が原因で他人とつながれなくなるのは、他人には、あなたに関心を持たなければならない理由なんてないからです。

「私に関心を持って!」というオーラを発散している人はとても面倒で、そのような人に近づきたいと願う人はいないでしょう。