イランが見せたプーチン大統領への配慮
イランは、戦争を非難しつつ、同時に、その背景となったのはNATO拡大であるとの認識を示し、ロシアの動機に理解を見せた。これは、核交渉などにおいて、常にイランの側に立ってくれたプーチン大統領への配慮であった。イランとしては、この玉虫色の対応で微妙なバランスを目指したわけだ。
付言すればイランと北方の隣人ロシア(ソ連)とは、歴史的には必ずしも常に良好な関係を維持してきたわけではない。19世紀にはロシアとの戦争に敗れ、ガージャール朝ペルシア帝国は広大な領土を失った。現在のグルジア、アルメニア、アゼルバイジャンなどに当たる地域だ。
第二次世界大戦中にはイラン北部をソ連軍が占領し、南部はイギリス軍が押さえた。イランは、アメリカとイギリスで生産された軍事物資をナチス・ドイツと戦うソ連に送るための「勝利への橋」であった。
戦争が終わるとイギリス軍は撤退したものの、なかなかソ連軍は動かなかった。結局は撤退するのだが、その前にソ連軍支配地域でアゼルバイジャン自治共和国とクルディスターン自治共和国(マーハーバード共和国)が樹立された。
様々な理由から、その後にソ連軍はイランから撤退し、この両共和国は崩壊する。この経緯については本書で前にも語った。しかし、この手口は、ウクライナにおける「ドネツク人民共和国」及び「ルハンスク人民共和国」の樹立を想起させる。ロシア人のやることは、変わらない。
2つの“チェス”をプレーするロシアと欧米
ウクライナでの戦争によって、エネルギー価格が上昇した。ウクライナでの戦争が引き起こした混乱でエネルギー価格は、一時期は天井を抜けた。ヨーロッパ諸国はロシアからの石油と天然ガスの輸入に依存していたので、大きな打撃だった。
支持率の低迷するバイデン政権にとっては、さらなる石油価格の高騰は避けたいところだったので、これがイランとの合意への圧力となるだろうとの読みもあった。
核合意が再建されイランに対する経済制裁が撤廃されれば、イラン原油が国際石油市場に戻って来る。現在のイランの石油輸出は日量100万バレル程度と見られているが、中長期的には、これが倍増するだろう。
またイランがタンカー備蓄などで保有していると見られる原油が1億バレル近くある。この放出が、石油市場を沈静化させるのに寄与するだろう。バイデン政権にとって、そしてヨーロッパ諸国にとって、それだけイラン核合意の再建交渉の成功の価値が上がっている。イランの交渉上の立場が強くなった。少なくともイラン側は、そういう理解だったようだ。
しかし同時にウクライナで戦っているロシアが、本当にイランとの核問題で協力してくれるだろうかとの疑問もあった。
イランの石油が市場に戻ってくれば、ロシアのエネルギー面でのヨーロッパに対するテコは弱くなる。ロシアと欧米は、イラン核問題とウクライナ問題という二つのチェスを同時にプレーしている。欧米にとっては、ウクライナでの戦争は、イラン核合意再建の必要性を高め、同時に難しくした。

