幸せに生きる秘訣はあるか。公認心理師の古宮昇さんは「『嘘をついてはいけない』『いつも人に優しくしなければならない』『親は子どもを無条件に愛するべきだ』……。当然と思うひともいるかもしれない。しかし、3つすべてに、自分自身を苦しめる“思考のクセ”が隠れている」という――。

※本稿は、古宮昇『自分を責めない生き方』(総合法令出版)の一部を抜粋・再編集したものです。

罪悪感が自分と他人を傷つける

「人間はしたいようにさせたら自分勝手になり、人を傷つけたり罪を犯したりする。だから人間を罪悪感で抑え付けなければならない」

これは世間一般に共有されている信念です。

つまり、ほとんどの人が、人間を罪悪感で抑え付け、縛り付けることが必要だと信じています。

ベッドの上に座っている高齢の男性
写真=iStock.com/ozgurcankaya
※写真はイメージです

しかしそれは幻想です。

人は、罪悪感から解放されて自分らしくのびのび生きるとき、自分の中にある愛に開かれますから、人を傷つけたくなったり、人を不幸にしてでもほしいものを奪おうとしたりは、しなくなります。

幸せで心が満たされた子どもは、他の子どもをいじめたりはしません。不幸な子どもが人をいじめるのです。

私のカウンセラーとしての経験では、罪悪感は心の痛み、苦しみのとても大きな原因の一つであり、自分と人を傷つける原因でもあります。

一般に信じられていることとは逆で、罪悪感の大きい人ほど人を傷つける行動をしてしまうものです。

罪悪感が生まれる土壌の一つに、道徳や倫理的な「べき」があります。

世間で「正しいこと」として信じられている規範のことです。

親も学校も社会もそれを教えます。

しかし道徳的・倫理的な「べき」は、人間の本質に反していますから、人はそれに背き続けます。そしてそんな不可能な規範を自分自身に課すとき、自己否定が生まれ、自己肯定感が低下し、生きることが重苦しく不自由で喜びの少ないものになります。

そのことについて考えていきましょう。

「べき」は人間の本質に反している

多くの人が、道徳的・倫理的な「べき」という刀を振りかざして人を糾弾します。

ところが、そうすればするほどその刀は自分にも向き、「べき」に合わないことをした自分を裁くようになります。そうして罪悪感や劣等感を抱きます。他者否定が自己否定につながるのです。

どういうことかを詳しくお伝えします。

世間の道徳的・倫理的な「べき」は、人間の本質に反しています。

だから人は「べき」を破り続けます。

多くの人が正しいと見なしている道徳的・倫理的な「べき」は、数限りなくあると思いますが、その例として次の三つについて考えてみましょう。

「嘘をついてはいけない」
「いつも人に優しくしなければならない」
「親は子どもを無条件に愛するべきだ」

「嘘をついてはいけない」について

私たちは誰でも、自分にとって本音で大切なものがあります。

例えば、子育て、家族、仕事、資産形成、ファッション、ゴルフ、友達と楽しい時間を過ごすこと、健康、心理学を学ぶこと、人を助けること、住み心地が良く美しいインテリアを整えること、歌を歌うこと、料理をすること、ペットなど人によってさまざまなものがあります。

そして、人それぞれ、本音で一番目に大切なこと、二番目に大切なこと、三番目に大切なこと……と、大切なことの優先順位があり、それは人によって違います。