※本稿は、古宮昇『自分を責めない生き方』(総合法令出版)の一部を抜粋・再編集したものです。
自己肯定感を低下させる「三角ドラマ」
互いに傷つけ合い、自己肯定感を低めてしまう人間関係のパターンとして、「三角ドラマ」があります。
健康な人間関係においては、自分の本当の気持ちが分かっていて、それを素直に相手に伝えられます。
相手に何をしてほしいかを率直に伝えられ、希望が食い違ったとしても、相手と話し合って解決することができるでしょう。それに対して、相手ばかりを優先して自分をないがしろにしたり、ときには相手を攻撃して罪悪感を持たせたり、相手を弱者のように扱って貶めたりしてしまう交流パターンが、三角ドラマです。
三角ドラマは、犠牲者、加害者、救済者の三つの役割から成ります。
犠牲者とは、「私は他人のせいで不幸にさせられたかわいそうな人間だ」と信じている人のことで、彼らにひどい扱いをした(と犠牲者が信じている)人間が加害者です。
そして犠牲者は、そんなかわいそうな自分を救ってくれる救済者の役割を誰かにさせようとします。
人によって、犠牲者の役割で三角ドラマを始めてしまう傾向の人と、救済者の役割を引き受ける傾向の人がいます。
好んで加害者になる人はめったにいません。
これら三つの役割について、詳しくみてみましょう。三角ドラマの交流は家庭や職場などでとても多く、きっとあなたも身に覚えがあるでしょう。
「自分の不幸は他人のせい」と信じる人たち
犠牲者の役割にはまる人は、自分の生き方の責任を引き受けず、自分の不幸は他人のせいだと思っており、自分の気持ちと行動の責任を引き受けません。
そして、人は自分に対して冷たく、自分はそのかわいそうな犠牲者だと信じています。
犠牲者には二通りのタイプがあります。「あわれな犠牲者タイプ」です。自分をあわれみ「自分はなんてかわいそう」と嘆いています。
もう一つは「怒りの犠牲者タイプ」です。強い人間である仮面をかぶり「私になんてことをしてくれた!」「あなたはひどい人だ!」と怒っています。
実際には、両タイプを行ったり来たりする人が多いでしょう。
両タイプとも、自分を不幸にする加害者と、自分を不幸から救ってくれる救済者を探しています。そして、責めと罪悪感を使って人を操ろうとします。つまり、犠牲者役は誰かを加害者にして自分の不幸の責任を負わせ、その人を責めます。
加害者だと見なされた人が罪悪感を抱き犠牲者を救おうとするとき、三角ドラマにはまります。加害者にはなりたくないのが人情です。「良い人」と思われたいという気持ちが強いほど、救済者の役割にはまりやすく、抜けられなくなりがちです。

