合意を困難にした米とイランの間接交渉

バイデン政権とライーシー政権は、核合意再建のための交渉に入った。これを困難にしたのが、間接交渉という方法だった。イランは、2018年のトランプ政権のアメリカが一方的に離脱したのだから、そのアメリカとは直接には交渉しないという立場をとった。

さて2022年夏の段階では、ウィーンでの間接交渉が行われた。

イラン交渉団はインター・コンチネンタル・ホテルに宿泊した。このホテルは伝統的にOPEC(石油輸出国機構)の総会の会場である。それゆえ、その主要メンバーのイランには、なじみ深いホテルである。このホテル・チェーンは、もともとは今は無きアメリカの航空会社のパン・アメリカン社の所有だった。バブルの頃は日本のセゾン・グループが所有していた。日本の中東関係者が夏の終わりに集い中東戦略を議論する会場にもなっていた。

アメリカの交渉団は、グランド・ホテルに宿泊していた。このホテルも一時期は全日空が所有していた。そしてイラン核合意に署名した他の国々――ドイツ、イギリス、フランス、ロシア、中国の交渉団は、インペリアル・ホテルを宿舎としていた。第二次世界大戦前からある格式あるホテルである。エリザベス女王やチャールズ・チャップリンなどの超有名人の宿舎になってきた。その中でも特に深く歴史に刻まれているのは、オーストリア出身の政治家である。1938年にドイツがオーストリアを併合した際には、アドルフ・ヒトラーが、このホテルのバルコニーから熱狂する群衆に演説した。

ウクライナ戦争がイラン核交渉に落とした影

2022年に話を戻すと、アメリカとイラン以外の交渉団が、両国のホテルを往復して交渉した。コロナ不況に苦しんでいたウィーンのホテル業界にはありがたい間接交渉だったが、なかなか手間暇のかかる方法だった。時間をかけている間に、さまざまな事件が起こり、それらが交渉に悪影響を与えた。

まず、イラン核問題の交渉と並行するかのように、ウクライナを巡る情勢が悪化した。ウクライナをNATOに加盟させないとの保証をロシアがアメリカなどに求めた。それが受け入れられないと、2022年2月下旬、ロシア軍がウクライナに大規模な攻撃を開始した。激しい戦闘が現在も続いている。これがイラン核交渉に長く深く濃い影を落としている。

まずウクライナ情勢の急展開に、イランはどのような立場をとったのだろうか。

冬のウクライナ旗の空中写真
写真=iStock.com/Alexey_Fedoren
※写真はイメージです