八雲「万事は、私の著書の出版元の処置いかんによります」
さらに、この手紙では沖縄やフィリピンを旅して新聞に記事を掲載すれば1200円が得られるが、旅費を出してでかけるべきかどうか迷っているとし「節子のためを思うと、冒険を試みたくありません」と書いている。そして、ついには、こう言い出すのだ。
(『小泉八雲全集』第11巻、第一書房、1931年)
これ、ようは「印税ががっぽがっぽと入ったらどうにでもなるんだけどねえ〜」ということである。
もう、めちゃくちゃだ。自分で勤めを辞めると決めておきながら、他所から仕事の声がかかれば「月給が安い」と難癖をつけ、一方で1200円という大金が転がり込むかもしれない話には「セツのために冒険はできない」と妻を盾にする。
要するに、働きたくないのである。しかし印税だけで家族を養えるかどうかも、まだわからない。妻がいる。子供がいる。セツの家族も養わなければならない。それでいて「冒険はしたくない、でも安月給も嫌、官立学校も嫌」と言っている。
“悩みながら”も手を動かし続けたか
現代に置き換えれば、妻子持ちで会社を辞めた男が「俺はインフルエンサーになりたいんだ」と、宣言。妻子に懇願されて職探しもするが転職エージェントに「給与が希望に合わない」と断りを入れつつ、バズって瞬く間にYouTubeチャンネルが収益化、案件が殺到したらどうしようかと真剣に計算しているようなものだ。
とはいえ、この選択をセツは咎めていない。子供もいるのに勤めを辞めるとなれば、通例なら離婚問題になりかねない。しかしセツはそうしなかった。
理由は明確だ。この時期の八雲は、決して「子供も生まれたし、家族の明るい未来はこれから!」という状態ではなかった。
ヘンドリックへの手紙には残された時間の少なさへの焦りが滲み、西田への手紙には眼病の悪化が記されている。来客や無駄な付き合いも断るようになり、情緒は不安定。閉じこもって文筆に集中するしかない状況だ。そんな夫に「これからどうするんですか!」と詰め寄っても仕方がないことを、セツはよくわかっていたのだろう。
ともあれ、八雲の真骨頂は、悩んで妄想しながらも手だけは動かし続けたことだ。結果、1895年には『東の国より(Out of the East)』が出版されている。愚痴も多いけど、書くことだけはちゃんとやっている。その姿をセツが信頼していたからこそ、神戸時代の八雲はどうにか自分を保てたのではなかろうか。
なお、八雲があまりに家に籠もっていたためか……神戸時代の八雲を語る史跡やエピソードはほとんどない。
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時は流れ…
トキたちは東京で暮らしています。
ヘブンさんがほら貝を吹いたら、美しい夕焼けの合図。
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