自民党「9条改正案」は愚案

自民党が党として現在掲げている「改憲4項目」のうち、9条改正に関わる案は、自公連立下で安倍首相が打ち出したいわゆる「安倍加憲案」を基礎にしたものである(参照:https://www.jimin.jp/kenpou/proposal/?id=wants-01)。

これは、一切の戦力の保有と交戦権行使を明示的に禁じた憲法9条2項を温存しつつ、ただ、自衛隊を明記して認知する条文を付加するというものである。

この「加憲」案は憲法9条問題の核心をまったく捉えておらず、したがって解決もできない愚案である。なぜか。これを十分理解していただくためには前述した拙著の参照を乞うしかないが、最低限のポイントだけ触れておく。

戦力の保有と行使を禁じた9条2項があるがゆえに、日本では戦力は法的に厳しく縛られていると信じている人が多いが、これは倒錯的誤謬ごびゅうである。

9条2項のゆえに、「自衛隊は戦力ではない、自衛隊の防衛出動は交戦権行使ではない」という嘘がまかり通るだけでなく、戦力統制規範――自衛の名目で侵略するような「開戦法規」違反や、民間人・民間施設無差別攻撃や捕虜虐待など「交戦法規」違反となる戦力の濫用を抑止するために戦力の組織編制と行使手続を厳格に統制する規範――を憲法に盛り込むことが論理的に不可能になる(憲法が自ら存在を否定している戦力や交戦権行使を統制する規定を定めるのは論理的矛盾である)。

そのため、日本は世界有数の武装組織としての自衛隊を保有しながら、その武力行使を実効的に統制する憲法的・法的枠組を欠損させている。その結果、自衛隊は暴発をコントロールできない銃と同様、「危なすぎて使えない軍隊」となり、そのことが安全保障における対米依存症を悪化させ、さらには米国が勝手に始めた侵略や軍事介入に日本が後方支援・兵站へいたん支援の幇助ほうじょ犯として巻き込まれる軍事的な対米従属性を強化する要因となっている。

旭日旗
写真=iStock.com/Takosan
「自衛隊は戦力ではない」は嘘(※写真はイメージです)

日本は「無法な軍事国家」

護憲派は9条が「日本の軍国主義化」を抑止しているかのように語るが、事態は逆である。自衛隊は既に武器装備の技術水準において大日本帝国軍よりも強大な武装組織である。それにもかかわらず、9条2項があるがために戦力統制規範を憲法は定め得ず、首相の防衛出動命令に対する厳格な国会の事前統制手続や、自衛隊の武力行使を国際交戦法規に従って統制する国内法体系も欠いている。「危なすぎて使えない軍隊」としての自衛隊も、実際に日本有事において使わざるを得なくなったとき、三島由紀夫の言う「軍の名を用いない軍」として憲法的・法的統制を欠いたまま、その武力を行使することになる点で、日本は9条があるにも拘らずではなく、9条があるがゆえに、既に「無法な軍事国家」となっている。

9条固持を唱える護憲派も、いまや、こんな危険な自衛隊の防衛出動を「専守防衛・個別的自衛権」の枠内ならOKだと、解釈改憲やら、違憲状態政治的容認論により承認している。この枠を実効的に確保する憲法的・法的統制の確立を9条が不可能にしているにも拘らず、である。「護憲派」という語は誤称で、そう呼ばれる勢力の実態は、彼らが批判してきた歴代自民党政権と同様、日本を無法な軍事国家のまま放置する憲法破壊勢力である。

安倍加憲案を踏襲する現在の自民党の「9条改正案」は、戦力保有と交戦権行使を禁じる9条2項を温存する以上、自衛隊を明記したところで、「自衛隊は戦力ではなく、交戦権も行使しない」という嘘が保持され、それがもたらしている上記のような日本の安全保障体制の根本的欠陥は何ら解決されない。9条2項の下でも自衛戦力は承認されているとする「芦田修正論」をいまだに持ち出す輩がいるが、拙著で示したように、これは法理論的にも実証的にもとっくに葬り去られた妄説であり、自民党の歴代政権も斥けている。

安倍晋三元首相自身、テレビのニュース番組に出演してその加憲案を説明した際、「自衛隊をフルスペックの軍隊にはしないという趣旨でございます」と言っていた。加憲案が自衛隊の合憲性を明確化するとしながら、温存された9条2項が自衛隊の地位を曖昧化し続けることを安倍も自覚していたのである。