高市首相は「憲法9条問題」に本気で向き合おうとしているのか

日本の主体的な安全保障体制を確立するためには、日本の自衛戦力を憲法上明確に位置付けると同時に、その濫用を抑止するための「戦力統制規範」を憲法に明定することで、自らの戦力に対する立憲主義的統制を確立強化する必要があるが、このことを私は長年にわたり主張し続けてきた(私見を学術的にまとめたものとして、拙著『立憲主義という企て』東京大学出版会、2019年、第4章。一般向けに解説したものとして『憲法の涙』毎日新聞出版、2016年や、『ウクライナ戦争と向き合う――プーチンという「悪夢」の実相と教訓』信山社、2022年、第3章などを参照されたい)。

1952年にサンフランシスコ講和条約が発効し、日本が主権を回復した後も、70年以上にわたって憲法9条改正を棚上げし、自衛隊の法的地位を曖昧なまま放置してきたのは、「いざとなったら米国が守ってくれるから大丈夫」という甘えがあったからである。しかし、上記のような国際情勢の構造変化による日本の安全保障環境の緊迫化は、この甘えを超えて、立憲主義的に統制された主体的な安全保障体制の確立という私見が提示してきた課題を遂行することが、もはや先送りの許されない緊要性をもつことを示している。しかし、高市首相がこの課題と本気で向き合おうとしているのか、疑わしいと言わざるを得ない。

アメリカ国旗
写真=iStock.com/Maksym Kapliuk
「米国が守ってくれる」という甘えがあった(※写真はイメージです)

衆院選で「9条改正」を世に問うべきだった

今般の抜き打ち解散の「大義名分」として、石破首相から高市首相に首相が交代し、連立パートナーを公明から維新に変更して、政権と政策の枠組みが変わった以上、それに対して国民の信を得る必要があるというものだった。

私は衆院解散を首相専権事項とする「7条解散」論を否定する立場だが、それはおくとしても、この「大義名分」論に従うなら、自公連立から自維連立への政権枠組変更が含意する最大の政策変更は9条改正に対する立場の変更であるはずだから、それを有権者に明示して信を問うべきだった。

それにもかかわらず、他の具体的政策論を回避したのと同様、最重要なはずの安全保障政策変更問題について、高市首相は総選挙で有権者の信を問うことを回避した。これはまったく姑息としか言いようがない。

上記のような国際情勢の構造変化の下で、日本の安全保障体制の欠陥の是正が急務であるにもかかわらず、こんな問題回避姿勢をとるのは無責任でもある。