先が見えず、死ぬことすら考えた

「リストラをするから、帰ってこい」

父からそう告げられて、26歳の時に春田さんは鹿児島に戻った。11店舗の閉鎖と従業員の大量解雇。配送センターも閉鎖し、保有していた土地もすべて売却した。

ハルタの経営難は思った以上のものだった。春田さんはリストラの矢面に立つことはなかったが、店の現場で働きながら、リストラを断行する父を見ていた。子どもの頃に憧れた経営者としての父の姿は、そこにはなかった。残されたのは多額の借金と、かろうじて残った1店舗だけ。何の希望も見えず、春田さんは人生に絶望した。

「経営者になりたいと思って帰ってきたら、もう倒産目前なわけですよ。一気に目の前が真っ暗になりました。これだけのリストラをして、これだけの借金をして、これから自分の人生はどうなっていくんだっていう。夢も、希望も、未来もない。死のうと思いました。半年間、島を彷徨いましたよ」

目の前の現実から逃げ出したくて、家出をした。行き先は奄美大島。知人の家を借りてそこに滞在したが、内心は本気で死に場所を探すつもりだった。その一方で、生きることを完全に諦めていない自分もいた。

「どこで死のうかと思いながらも、たくさん本を持っていきました。生きるとは何ぞや、幸せとは何ぞや、そういう本をどっさり持っていきました。ひたすら自分との対話、自分の人生との対話をしました」

「どうせ死ぬなら」死を思いとどまらせた一冊の本

島を彷徨いながら、哲学的な本をたくさん読んだ。その中の一冊、元極道の親分が書いたノンフィクションに前を向くためのヒントがあった。極道の親分は、子分の面倒をとことん見る。我が子のように可愛がり、一緒に飯を食い、一緒に夢を語る。面倒見がいいから人がついてくる。

それに比べて、当時の春田さんは一緒に働く従業員たちの面倒を見てきたかというと、全くやってこなかった。むしろ上から目線で、「お前はなぜこんな仕事もできないんだ」と見下すような態度で部下に接していた自分に気付いた。「どうせ失敗して死ぬんだったら、これをやってみよう」と考え、店に戻ることにした。