まだ食べることを楽しめるなら…

食事というのは栄養をとるためであるのと同時に、楽しむものでもあります。

「楽しむ」のであれば、食べたいものを食べて吐いてもいい。けれど生きるためには、必ずしも口から栄養をとらなくてもいいわけです。彼の場合は、途中で詰まってしまうのだから、口から栄養がとれなくなってしまっている……。「ここで詰まっちゃってるんだから、水分だけにしようよ」という話をしました。

栄養ドリンクやプロテイン、ジュースをすすめます。がんで詰まって通らなくなっても、水分だけならば案外と通るものなのです。とはいえ、食事がこうした水気だけというのもつまらないだろうということもわかります。

僕はこういう時、患者の好きなようにしてもらっています。

「どうしたい? 好きでいいんだよ。食って吐いてもいいし、液体とプロテインだけとっててもいい。『そんなまずいもの食って、ちょっとくらい長く生きてもしょうがない』というなら、食いたいもの食えばいい。でも、決めなくてもいいんだよ。途中で変わったっていいんだから」

彼は、「じゃあ、俺、食事やめる」と言いました。

僕が家族に、「彼が食ったら食ったで、『ダメ』とか言わないでね。本人の好きなようにさせてあげて」と伝えます。

栄養については、「水分だけでやってみよう」ということになりました。

続いて、腸閉塞ちょうへいそくを起こしているので、その後人工肛門の処置をどうするか、またトイレについて説明をしました。その後……、やっぱり、もう一度恋愛の話に戻ります。

兄の看病のおかげで家族が結束

「ナースはどう?」
「いい人が来てくれます」
「若い人は来ないだろ」
「来ないし、来ても手は出しませんよ」

「若くても今の君じゃダメだろー」と僕が笑う。

「やっぱり肩書がないとダメですよ。俺、店長のときはもてたんですよ」と彼。

その間、お母さんや妹さんにからかわれたりしながら笑っていました。

彼は結局、この診察から10日後くらい、退院から2週間ほどで亡くなりました。

「がんばる」と言っていたのですが、あっという間に歩けなくなっていきました。

けれど、最期は家族みんな笑顔だったそうです。

亡くなった後、お母さんと妹さんが挨拶に来てくれました。妹さんが、こう話してくれました。

「実はうちは仲がよくないというか、あまりしゃべらない家族だったんです。でも最後、お兄ちゃんのおかげで、まとまりました。いい家族だったなと思えました。『お兄ちゃんのおかげだよ』って言ったら、お兄ちゃん『微妙だな、そう言われても』なんて笑ってました」