ポケットに忍ばせた焼酎のビン
それから数日後、彼が私の病院に転院してきました。お酒をやめればがんが治るでしょうか。わずかなお酒でがんが一気に進行するでしょうか。そんなことはないでしょう。それなら、お酒を飲んでもいいという医者にかかりたいと思ったのかもしれません。
私は彼の病室を訪ねました。ポケットには焼酎のビンを忍ばせていました。
「これ飲むかい」
彼は目をキラキラさせて焼酎を受け取り、布団の中に隠しました。あのときのうれしそうな顔は忘れられません。
まだ、あの当時は看護師さんも厳しくて、病室でお酒を飲んでいるのが見つかるとひどく叱られたものです。わからないようにこっそりと飲み、飲み終わったビンも上手に処分しないといけません。ばれてしまうと、お酒を渡した私も説教されます。
そろそろなくなったかなと思うと、次の焼酎を差し入れます。今度は奮発して百年の孤独というちょっと高価な焼酎をもっていきました。
このときもうれしそうに受け取って、布団に隠しました。
しかし、がんも徐々に進行し体力も落ちていたので、お酒の量も減っていたみたいで、この焼酎を空けるまでは体がもちませんでした。
何とかよくなってもらいたいと、できることを精いっぱいやったし、彼も本当にがんばりましたが、その甲斐なく亡くなりました。
だから死ぬ日までお酒を飲み続けたい
お葬式には私は行けませんでしたが、友人が代理で参列してくれました。私に報告しようとたくさんの写真を撮ってくれました。
その一枚目の写真を見てびっくりしました。
お焼香台を移した写真です。脇に飲みかけの百年の孤独が置いてあるではないですか。
ちびちびと毎晩飲んでいるのを、ご家族の方たちも知っていたのかもしれません。もうすぐ別れがくるかもしれない夫、あるいは父親。衰弱する中で、うれしそうにお酒をひと口飲んで、眠りに入る。その姿が目に焼きついていたのだろうと思います。
「残りはあちらの世界で飲んでください」
そんな気持ちでお焼香台に置いたのではないでしょうか。
私は、その写真を手にもってしばらくながめていました。彼が「先生のところへ転院してよかったよ」と話しかけてくれているような気がしました。
私はお酒が好きですから、彼の気持ちがよくわかります。
私も彼にならって、病気をして入院しても、死ぬ日までお酒を飲み続けたいと思っています。
今でも今日が最後の日だと思って夕方からお酒を飲みます。実際に最後の瞬間が間近だとはっきりわかったときのお酒は、どんな味がするのでしょうか。


