守りの生き方でロマンがない
健康法は、病気をしなければいい、病気が悪くならなければいいという、私に言わせれば、守りの生き方でロマンが感じられません。それに対して、養生というのは体の健康を超えて、こころに喜びを感じ、いのちが躍動するものです。
いのちをかけて何かを成し遂げようとした昔の偉人たちが多くの人のこころを打つのは、積極的に人生を切り拓き、人の幸せのために動きまわり、世の中を少しでもよくしようとする意気込みに感動するからです。
一日の終わりに、少しだけお酒を飲み、ほろ酔い気分で仲間たちに思いを寄せる。長く連れ添った、さんざん苦労をかけた奥さんとしみじみと語り合う。
そのときの彼のこころの中を想像すると、きっと喜びに満ちていたと思うし、私は「よくがんばったな」と声をかけたくなります。彼もまさに養生の人でした。
道も半ばだったので悔いがないとは思いませんが、続きはあちらの世界でやればいいのです。
明日のことはだれにもわかりません。だからこそ、今日一日、一所懸命に働くことができたことに感謝して、大好きなお酒を飲む。私にはなくてはならない日課なのです。
酒好きの友人が食道がんになった
私のことも本にしてくださったノンフィクション作家のお話です。
本が出て何年か経ってから私を訪ねてきました。
「今はノンフィクションではなく小説を書いている」
才能のある方だったので、きっといい小説を書くだろうと思いながら話を聞いていました。でも、表情が少し暗かったので、どうしたのかなと思っていたら、「実は聞いてほしいことがありまして」と自分の身に起こった出来事を話し始めました。
「皮膚の病気がなかなか治らないので、ある大きな病院で診察してもらって、しばらく入院することになりました。入院したついでにあちこち検査をしてもらいました。そうしたら、食道がんが見つかりました」
特に気になるような自覚症状はなかったようですが、けっこう進行しているという診断で、治療を検討してもらっていると言っていました。
しばらくして、入院することになったという連絡があり、頃合いを見計らって、お見舞いに行きました。
そのときに、データを見せてもらいましたが、生半可な状態ではありませんでした。進行していて手術も難しそうです。とりあえずは主治医の判断に任せて、治療を受けるしかありません。
「○○さん、お酒飲みたいでしょう」
帰り際に、なぜかそんな言葉が口から出ました。彼が酒好きだというのは取材を受けているときに一緒に飲んだのでよくわかっています。
「そりゃそうですよ。でも、病院では飲めないですからね」
寂しそうに答えます。
「そうだな。俺んところだったら何とかしてあげるのにな」
ついつい余計なことを口にしてしまいました。彼がニヤッと笑ったか困ったような顔をしたかは忘れましたが、自分の病気がかなり進んでいるのはわかっていますから、お酒をどうするか、いろいろ思うところはあっただろうと思います。

