90歳まで車を運転

盛華堂は40年ほど前から、子どもたちのおやつとして月に1回、近隣の保育園にみたらし団子を届けている。近所の人が「おいしいから」と、保育園との間を取り持ってくれたことがきっかけで始まった。届け先は5軒から4軒になったものの、今も続いている。近隣の人々にとって、幼い頃から慣れ親しんだ盛華堂のみたらし団子が「懐かしの地元の味」になっているようだ。

しかも、敏子さんは90歳まで車を運転し、自ら配達していたというから驚く。

「もっと乗りたかったけど、テレビ見とると、(高齢者が)ブレーキとアクセル間違えたりするでね。それに、白内障になってきて、もうダメかなと思って諦めた」

免許更新のタイミングで返納したが、本当は「バイクに乗りたかった」と笑いながら話す。バイクは諦めて、しばらく自転車に乗っていたが、ヒザの軟骨がすり減ってきたため、今では自転車もやめた。それにしても、90歳まで運転し、最近まで自転車に乗っていたという敏子さんの活発さにはただただ感心させられる。

「仕事が生きがい」

これまで70年以上働いてきた敏子さん。食事の好き嫌いはなく、3食しっかり食べ、今も週5日元気に働く。その原動力は、店に来てくれるお客さんたちだという。

「私は仕事が趣味だね。お客さんが『パワーもらいに来た』と言ってくれるもんだで、その言葉でまた元気が出ますね。仕事が生きがいだよ」

取材時も、「おばあちゃんいる?」「元気にしとる?」と話しかけるお客さんたちがいた。少し丸まった背中で、ゆっくりと動く敏子さんを、お客さんたちは温かいまなざしで見守っているように思えた。

お客さんと談笑する敏子さん
撮影=中谷秋絵
お客さんと談笑する敏子さん

現在97歳の敏子さんは健康面に問題はないものの、「最近耳が遠くなった」と話す。

「電話でもね、みたらし2本って言ってるのを、20本? と聞いちゃったりね。特に右耳が聞こえん。(お客さんが)マスクしてるとまた大変だね。迷惑かけちゃってないかねぇ」

敏子さんは「お待たせして申し訳ない」と言うが、ここに来るお客さんはきっとそれも承知で気長に待っているのだろう。それよりも、今も現役で働く敏子さんの姿に励まされているのではないだろうか。

敏子さんは、あるノートを見せてくれた。思いついたときに言葉を書き留めているそうだ。そこにはこう書いてある。

「不足を数えず 感謝に生きる」

おいしさの秘訣を聞くと、「愛情を込めてるから」といたずらっぽく笑った敏子さん。盛華堂のみたらし団子には、苦労を乗り越えてきた敏子さんの愛と感謝が詰まっている。

敏子さんが言葉を書きとめるノート
撮影=中谷秋絵
敏子さんが言葉を書きとめるノート
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