前回は「反自民」が効果的だったが…

政治理論家エルネスト・ラクラウが提唱した、空虚なシニフィアンという言葉がある。具体的な定義が曖昧であるがゆえに、多様な人々の不満や希望を丸ごと飲み込み、団結させることができる空白の言葉のことだ。

たとえば、小泉純一郎元総理による「自民党をぶっ壊す!」や、トランプ大統領による「Make America Great Again」という言葉は、具体的に何を意味するのかは判然としない。しかし、その中身が定まっていないからこそ、様々な考えを有した人々が共鳴し結集しうる。

意味が空白であること、人を惹きつける魅力があること、そしてその言葉の体現者として見なされるという3つの条件を満たしたとき、小泉やトランプのように、一人の政治家が大きな力を持つのである。

前回選挙にて小川氏が有した武器もまた、「反自民」または「反現職」という空虚なシニフィアンであった。自民系の現職に反対すること以外、この言葉にはほとんど中身がない。が、だからこそ一部の自民党支持者から共産党支持者までを包摂することに成功した。選挙において、空虚なシニフィアンの形成とその占有は大きな意味を持つ。

一方、今回の選挙では、その大きな武器が消えつつあった。高い支持率を維持する高市政権の誕生により「反自民」の機運が薄れつつあるだけでなく、世間をにぎわせた不倫騒動があったためだ。仮に「反自民」という空虚なシニフィアンに力があったとしても、不倫騒動を起こした小川氏が、その体現者として見なされるかどうかははなはだ怪しかった。

群馬県知事の異常な情熱

しかし、選挙結果を見れば答えは明らかだ。小川氏は不倫騒動をもろともせず、反自民という空虚なシニフィアンに包摂された有権者から票を得ることに成功したのである。

なぜ、小川氏は消えかかっていた大きな武器を、再び手にすることができたのか。その背景には、山本知事の執拗ともいえる小川氏への批判が透けて見えてくる。

山本一太群馬県知事
山本一太群馬県知事(写真=内閣府 地方創生推進室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

小川氏が辞職届を出した翌日の11月26日から1月11日までの間、前橋市長選関連の話題を含んだ山本知事のブログ記事は40以上にもおよび、その分量は約8万文字という、薄めの新書一冊分ほどの量に達している。驚くべき情熱であると言わざるを得ない。

しかし、そこで展開される小川氏への厳しい批判および、市議会の保守系2会派が支援する新人・丸山彰氏への熱烈な応援は反感も買った。そして山本知事自身、その反感に対する自覚があるようだ。