※本稿は、ベサニー・アレン著、秋山勝訳『中国はいかにして経済を兵器化してきたか』(草思社)の一部を再編集したものです。
世界中で起きた中国人による「マスク買い占め」の裏事情
現在、世界には中国人の血を引く人びとが約6000万人存在している。これはイタリアの全人口にほぼ匹敵する数字である。海外の華僑や華人のコミュニティーが共同して事に当たれば、従来にも増してはるかに大きな影響を世界に与えることができるのだ。
新型コロナウイルス感染の大流行が始まったとき、海外で暮らす中国人たちはフェイスマスクの買い占めに奔走した。実はそのとき目にされたのは、何十億というPPE(個人用防護具)が中国に送られていく光景だけではなかった。この買い占めをきっかけに、世界はかつてないほど厳しい監視の目を中国共産党の統一戦線組織の活動に向けるようになった。
研究者たちは、買い占めの組織化に協力した中国人グループの多くが、中国政府の国務院僑務弁公室や党に属する中国共産党中央統一戦線工作部(UFWD)とつながりがある事実に気づいた。いずれも華僑グループの政治的指導を任務としており、PPEを中国に送るよう呼びかけていた。
本国や中国語圏の地域を除けば、統一戦線工作部はその存在をほとんど知られないまま数十年を過ごしてきたが、最近になってその悪評ぶりがある程度世界でも知られるようになってきた。
中国共産党の直属組織で、実際、その名称から一目瞭然のように、1949年に終わった国共内戦では、党が最終的に国民党に勝利するうえで重要な役割を果たしていた。
エリート中国人が負う代償
工作部の任務は、何のかたちであれ、いまだ党の官僚機構に組み込まれていない中国社会のあらゆる階層に接触し、人民が党の目標に向けて邁進しているか、少なくとも反政府活動を行っていないか――だから“統一戦線”という――を確かめることを任務としている。
民衆レベルが対象の活動では、民主主義社会なら独立しているはずの市民組織の力が利用されている。その際に用いられるのは、決して鞭一辺倒ではなく、飴もふんだんに使われている。
中国社会における現在の統一戦線の活動では、党幹部がかかわっている場合が少なくなく、その際、将来有望な人民――若手の活動家、少数民族の著名人、成功した企業家、新進気鋭のジャーナリスト――を発掘して、党系列の関連組織、たとえば中華全国婦女連合会、中華全国新聞工作者協会、全国統一戦線組織である中国人民政治協商会議の地方組織や省組織などでの地位を提供する。
抜擢されたリーダーにはこうして世に出る足場が与えられ、その組織で社会的な地位が認められれば、あとは官僚機構ならではのあからさまな出世階段にしたがって昇進していく。
これらの恩恵の見返りとして、彼らは自身の活動を組織の方針と一致させなくてはならない。自身のコミュニティーを代表する一方で、党の目標と利益も代表して活動するため、出身母体のコミュニティーへと戻っていく。

