2020年のコロナウイルスの感染流行初期、世界は深刻なマスク不足に陥った。ジャーナリストのベサニー・アレンさんは「中国は世界でも屈指の医療用品生産国でもあり、旧正月を返上して増産体制に入った。世界中がマスクなどの流通量増加に期待したが、むしろ医療用品の対外輸出は大きく減少していった」という――。(第2回)

※本稿は、ベサニー・アレン著、秋山勝訳『中国はいかにして経済を兵器化してきたか』(草思社)の一部を再編集したものです。

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コロナウイルスよりひどかった100年前の惨劇

世界的なパンデミックで国境や言語、文化を超えた一連の集合的記憶が生み出される。今回ほどすみやかではなかったが、こうした記憶の形成は1918年にスペイン風邪が大流行した際にも起きていた。

「スペイン」と言われるものの、最初の感染者がカンザス州のアメリカ陸軍基地の兵士のあいだで報告されると、第1次世界大戦の当時、感染はドイツとフランスへと広がり、徐々に世界中で感染が報告され、最終的に世界人口の最大3分の1がこのインフルエンザのウイルスに感染した。

病棟で治療を受けるスペインかぜに罹患した兵士が収容されているフォート・ ライリーの米陸軍ファンストン基地
病棟で治療を受けるスペイン風邪に罹患した兵士たち(1918年、米カンザス州)(画像=Otis Historical Archives, National Museum of Health and Medicine/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

現代医学が発達する以前の時代、人びとのあいだで共有されたパンデミックの記憶は、いまよりもはるかに凄惨だった。街路に積み上げられた遺体、馬からころげ落ちたまま息絶えた人。家を出ることを大勢の人が恐れていたのは、ほぼ全員が家族の誰かをこの感染症で失っていたからである。

インターネットの時代、共有される集合的記憶とグローバル化したサプライチェーンの存在は、スペイン風邪のころよりありふれたものになった。

世界のどこにいようが、ウイルスについてまずその噂を知った時点で、それがどんなものなのか見当がつき、次いでそのニュースが見出しを飾るのを目にすると、今度は自分の国で最初の感染者が発生したニュースを知る。

そして最後は、前例のないロックダウンと閉ざされた国境のなかで生き抜くことになる。

「マスクを着けろ、でも買うな」

だが、2020年2月、人類が直面した共通の経験は、マスク探しに明け暮れ、そして失敗するという経験をともなうものだった。最初に個人用防護具(PPE)の追加を求めたのは武漢の医療従事者たちだった。

マスク不足のせいで、医師や看護師は使い捨てマスクを再利用するためにテープを使って修理しなければならなかった。それは生死に関わる問題だった。中国政府の公式統計によると、この時点で武漢の医療スタッフ数百人がウイルスに感染、うち6人が死亡している。

しばらくすると、人という人がマスクに殺到した。世界中の都市が封鎖され、薬局ではマスクが売り切れていく。アメリカではアマゾンのマスクの在庫が途絶えた。

「マスクを着用!」と政府の保健当局は呼びかけたが、その当局者が「マスクを買い控えろ!」と要請していた。マスクをどうしても必要とする最前線の医療従事者のため、かぎられたマスクを確保するように求めていた。

広がっていく混乱。だが、ひとつだけ明らかになったことがある。マスクが足りないというあまりにも明白な現実だった。