※本稿は、増田ユリヤ『コーヒーでめぐる世界史』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。
カルディの包装紙にヤギが描かれているワケ
コーヒーが最初に飲まれたのはいつ、どこで、なのか。
世界中で親しまれているコーヒーにまつわる伝説は数知れず。例えば、ギリシアの吟遊詩人ホメロスの叙事詩『イリアス』の中には「ワインに混ぜたコーヒー」が出てくるとか、『旧約聖書』創世記に登場する「赤い煮込み」はコーヒーのことであるとか。コーヒーにまつわる歴史には、実に様々な説があります。
その中で最もポピュラーとされている伝説が「山羊飼いカルディ」の話です。カルディと聞いて、コーヒーをはじめ輸入食品を販売している店名を思いうかべた方もいらっしゃることでしょう。もちろん、この伝説からとった名前だということは、お店の包装紙にも書いてあります。どんな名前にも、いわれがあるものですね。
預言者ムハンマドからの贈り物
1922年にアメリカで初版が刊行された、「コーヒーのバイブル」といわれる『ALL ABOUT COFFEE』では、次のように解説しています。
カルディという山羊飼の若者が、ある日、おとなしかった山羊たちが、まるで子供のように夢中になって跳び回っているのを目にした。カルディはこのばか騒ぎは、山羊たちが喜んで食べていた木の実のせいだと気づいた。折しもその若者の気持ちは沈みがちで、少しでも気が晴れるならと、その実を摘んで食べてみることにした。それはすばらしい効き目だった。彼はそれまでの悩みなどすっかり忘れて『幸福なアラビア』(アラビア半島南部のこと)で最も幸福な山羊飼になった。山羊が踊ると彼もその輪に加わり、天にも昇る心地で踊り回った。
ある日、一人の僧が通りかかり、山羊たちが踊るように跳ね回っているのを目にして、驚いて足を止め、そのわけを尋ねた。カルディは彼の見つけた貴重な木の実のことを話した。この僧には大きな悩みがあった。いつも礼拝の最中に眠り込んでしまうのである。この話を聞き、僧は、これは間違いなくマホメット(注ムハンマド)が自分の眠気を払うためにこの驚くべき木の実を授けてくれたのだ、と解釈した。
信仰心は、美味しさを求める妨げにはならない。この僧は山羊飼の食べ方に工夫を加え、実を乾燥させて煮てみることを思いついた。こうして作られた飲み物が、われわれの知るコーヒーである。そしてこの飲み物は、瞬く間にその国の僧たちの間に広がった。それは夜の礼拝の助けになり、その上、不快な味でもなかったからである。
ウィリアム・H・ユーカーズ著/山内 秀文訳『ALL ABOUT COFFEE コーヒーのすべて』(角川ソフィア文庫)
つまり、山羊飼いのカルディが発見した木の実を、イスラーム教徒の僧が食べ方に工夫を加えて飲み物として作られたのがコーヒーの始まり、というのです。
この僧たちは、イスラーム教の中でもスーフィー派という神秘主義の集団で、夜通し踊りながら礼拝をする人たちだと考えられています。夜を徹して踊り祈るために、コーヒーが役に立ったわけです。

