“似たもの同士”と考えたか
では、ビスランドが惹かれていたのは、八雲の作家性と文才だけだったのか?
おそらく、違う。
ビスランドが八雲の死後、膨大な時間と労力を費やして書簡を整理し、伝記を編纂したという事実が、それを物語っている。単なる「同業者への敬意」だけで、そこまでするだろうか?
ビスランドが八雲の恋心を知って「この人とは無理」と思ったのは、似たもの同士と考えたからではないだろうか。
八雲は作品を情感たっぷりに描きたがる。そして、本人は作品以上に、自分でも制御がつかないほどに感情に支配されている。ビスランドは、世間と折り合いをつけることができる点が八雲と異なるものの、作品は八雲以上に感情的で辛辣だ。
ビスランド自身、八雲よりも知名度が高かったと聞くと、なんとなく文学サロン的なところで男性達を従えている女王的なイメージがあるが、まったく違う。
同時代の知人が彼女について語った言葉を調べてみると「美しく危険な豹」とか「噛みつかないから好きだった」とか、けっこう無茶苦茶なことをいわれている(Matthew Goodman, “Elizabeth Bisland's Race Around the World,” Public Domain Review, October 16, 2013)。
“似たもの同士の恋”はうまくいかない
そもそも、ビスランドも、ルイジアナの貧困家庭から文才だけでのし上がった女性である。世界一周も、彼女の文才に惚れ込んでぜひともというわけではない。前述の通り急造企画で、たまたま都合良くスケジュールが空いていたし、そこそこちゃんと書けそうだった程度に過ぎない。
ようは、ビスランドに世界一周させた出版社のもくろみは「本誌美人女性記者が世界一周に挑戦!! VSネリー・ブライ勝つのはどっちだ?」と大々的に宣伝、帰国後は講演会やら広告に出演してもらって大いに稼ごう(ついでに雑誌の売り上げも増加)という企画であった。
ところが、彼女はこのプロジェクトを完全に破壊し尽くしている。
旅行記を見ても自分の世界一周をさして「レース」という言葉は一度も使わない。サンフランシスコに到着した時点で、早くも見物客がやってきたが「安上がりな見世物小屋として私を見たいだけ」とタレント扱いを全力で拒否。帰国後も、講演会も広告出演もすべて拒否し、イギリスに出かけたまま1年間帰って来なかった。
そして、ついには、こう誓った。
(Matthew Goodman, “Elizabeth Bisland's Race Around the World,” Public Domain Review, October 16, 2013)
ぶち壊しである。出版社も「なんでこんなヤツ選んだんだ……」と頭を抱えたに違いない。
でも、魅力的だ。八雲が惚れるのも当然だ。心に影のある男は、活動的で自我のある女性にめっぽう弱い。とはいえ、根っ子は似たもの同士。こんな恋がうまくいくはずなどない。むしろ、うまくいったら最後は悲しい結果に終わってしまう。そのことを看破していたからこそ、八雲はさらに思いを拗らせたのだろう。
検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます


