「出張+観光」の動きが広がっている
これらの事例が示すのは、空港がもはや単なる「移動のための施設」ではなく、「体験を提供する施設」へと進化しているという事実だ。退屈なトランジットを「トランジットこそが楽しみ」という新しい体験価値へと転換している。通過するだけの場所だった空港が、目的地そのものへと変貌を遂げているのだ。
コロナ禍以降、ブレジャー(Bleisure)という言葉が注目されるようになった。ブレジャーとは仕事(Business)と余暇(Leisure)を組み合わせた造語で、出張の機会を活用し、出張後も滞在を延長するなどして余暇を楽しむことを指す。
たとえば1泊2日の海外出張で、台北に行くとしよう。その際にせっかく海外まで来たのに、商談が終わってそのまま日本に帰るのはもったいない。翌日休暇をとってもう1日台北に滞在するという計画を立てれば、時間もお金も有効的に使える発想だ。
ブレジャーを実践すると、台北近郊のスポットにも足を伸ばすことができるし、時間の制約で行けなかった体験の幅を広げることができる。日本に来るインバウンドトラベラーに当てはめても同じことだ。1泊2日の東京出張を1日ブレジャーで延ばすことで、鎌倉や日光まで観光し、東京だけでは味わえない深い日本を体験できる。
これは、トランジットという範囲を超えて旅の計画そのものの考え方を再設計するという発想であるが、旅中で時間を効果的に使うことは同じである。
空港大進化の背景にある「富裕層が求めるもの」
特に注目すべきは、富裕層が求める「シームレスな移動体験」と、空港の進化が見事に合致している点だ。
ごく一部の超富裕層は、プライベートジェットを所有し、5分前に到着してシームレスに離陸する。待ち時間を極力減らすことこそが、何よりの価値だと考えるオーナーも一定数いる。だが、多くの富裕層が重視するのは、移動時間の短縮だけではない。移動そのものが持つストレスを最小化し、むしろ移動時間を価値ある体験に変えることなのだ。
なぜ、これほどまでに空港での時間消費が注目されるのか。その理由は、空港という場所が持つ独特の消費心理にある。
旅への期待感と非日常の高揚感。そして「限られた時間」という制約。この3つの要素が組み合わさることで、人々の財布の紐は緩みやすくなる。実際、ルイ・ヴィトンやグッチ、セリーヌといったハイブランドは出国後エリアに大きな免税店を構えている。百貨店よりも割安で購入できるうえ、搭乗時刻という明確なタイムリミットがあるからこそ、「今しかない」という心理が働く。旅の始まりという特別な気分や、飛行機に乗ってしまえば帰国という心理が、普段なら躊躇するような高額商品の購入や、贅沢な食事への出費を後押しする。免税店での買い物が活況なのも、この心理メカニズムが大きく作用している。
さらに、空港という場所は、日常と非日常の境界線に位置している。自宅でも旅先でもない、中間地点。この「どこでもない場所」だからこそ、人々は普段とは異なる消費行動を取りやすいのだ。
マーケティングの視点から見ると、トランジットにおける「高揚感」×「限られた時間」のかけ算が、購買意欲を刺激する。「何となく」「ついフラッと」という非計画的な動機が多くを占めるこのインサイトは、さらに掘り下げる余地がある。

