中国のフリーの生態学者ウェンは今春、チベット自治区のヤルツァンポ大渓谷を訪れた際、南東部メトク県沿いで建設資材を積んだ多数の大型トラックを目にした。
県政府所在地のメトク鎮と他の郷鎮を結ぶ唯一の道路は狭く、住民は中国政府が水力発電プロジェクトの強化に伴って道路も整備するはずだと考えていた。
だが、それはただの水力発電プロジェクトではなかった。7月の着工式で、中国の李強(リー・チアン)首相はヤルツァンポ川下流に総工費1兆2000億元(約26兆円)を投じて巨大ダムを建設する「世紀のプロジェクト」を発表。
国営新華社通信は世界最大の水力発電ダム建設計画を「低炭素化事業……生態系保護を優先する安全なプロジェクト」と称賛した。
しかし、巨大ダムは環境に直接的・長期的に影響する。ヤルツァンポ川はヒマラヤ山脈東部にぶつかって水流や温度の特殊な条件を生み、一帯には世界最北端の熱帯雨林が生まれ、多様な大型ネコ科動物や有蹄類、アジア最大級の古代樹が生息。
今もオナガザルの一種ホオジロマカクなど新種が多数発見されている。
「このプロジェクトの生態系や環境への影響が特に気がかり」だが「具体的な計画は全て機密扱いだ。浸水や寸断の恐れのある生息地、川の流量や水温の変化など正確な影響を評価し緩和する方法は分からない」とウェンは言う(プロジェクトの性質上、本人の希望で仮名)。
中国の環境アセスメント関連の法規制には情報公開に関する規定があるが、国の規定で機密保持が求められている場合は開示義務がないとも明記されている。
昨年、中国の国家林業・草原局のウェブサイトに掲載され、中国最大のSNSアプリ微信(ウェイシン)の祁連(チーリエンシャン)山国立公園のアカウントにも再掲された通知(既に削除済み)には、ヤルツァンポ大峡谷国家級自然保護区の91万ヘクタール超の保護区のうち4万2000ヘクタールが「プロジェクト用地」として指定解除されると記載されている(当該区域の位置は明らかにされていない)。

